第十二話『tick-tack』
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時は流れていく
人と人との出会いと別れを繰り返し
時は流れていく
その人が歩みを進めようと、止めようと
時は流れていく
その人が決意を固められようと、られまいと
【第十二話 tick-tack】
それは穏やかに新年を迎え、三が日を明けた頃だった──小さな嵐がやって来たのは。
そんな訪れがあることをまだ知らないこの日の朝は、いつもと変わらない、穏やかな時間が流れていた。
「はぁ‥‥甘ーく煮詰めた黒豆が食べたい‥」
「もう‥三が日で散々食べたじゃない、総司」
縁側で両足をばたつかせながら、総司が気の抜けたような声を出す。
その様子を見て呆れながら、自分もお正月気分が抜けきれていなくて、叱る声に力が入らない。
思わず溜め息が洩れて、手に持っていた箒にすがるように体重をかける。
「‥‥あーもう! このままじゃ駄目だ!!」
「えー?」
「この正月呆けをなんとかしなきゃ!」
叱咤する言葉と一緒に面を上げて、序でに箒を振り上げる。そのまま何度か素振りをしていたら、頭が少しずつすっきりしていく気がした。
「よし!試合しよう総司!」
「えぇ?!」
思い立ったが吉日、とばかりに勢いに任せて総司に試合を挑む。総司はすっかり正月呆けしているのか全く乗り気じゃない。
──これは好機かもしれない!
普段は正々堂々と、なんて言っておきながら、勝つ為なら手段を選ばないような思考の巡らせ方に、土方さんの悪賢さが移ったかもしれない。なんてことをちらりと思いながら、私は渋る総司を置き去りにしてさっさと剣道着に着替えにいった。
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──
袴に着替えると、しゃんと背筋が伸びるのを感じて胸が高鳴る。やっぱり、人間呆け呆けしていてはいけない。そう自分に言い聞かせ、続いて防具を身に付けた。するとますますやる気がみなぎってきて今なら何でもできるような気がした。
あまりにやる気が溢れてしまって、部屋を出る前に面まで付けてしまった程だ。
「? 結希かい?」
ずんずんと道場まで歩みを進めていたら、途中で山南さんと出会した。手には本を持っていたから、勉強をしていたのかもしれない。山南さんは、勤勉家だ。
「はい、山南さん!」
「面まで付けて‥随分やる気に満ちているねぇ」
「はい、今日こそ正月呆けしている総司を負かせます!」
おやおや、と言って山南さんは笑った。
「それなら審判が必要だろう。他にいなければ、僭越ながら私が見ようか」
「! ありがとうございます!」
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──
「ちょっと、困りますって‥!」
「ちっくと手合わせしてくれち言うとるだけやき!」
庭先の方が騒がしい。総司の焦ったような声が聞こえてきて、山南さんと顔を合わせ、歩みを速める。
そして辿り着いたそこで目にしたのは、怪しい風貌の──どこかの国の訛りが強い、浪士風の男と、それを行かせまいと食い止めている総司。
何事かと私の頭が混乱を来している隣りで、山南さんが息を吸うのを感じた。
「!! 君は‥!」
「!! おーーっつ! おんしがここの道場主じゃろそうじゃろよしよしちっくと話させとうせー!」
山南さんに口を挟む隙を与えず、怪しげな男は早口に捲し立てると山南さんに馴れ馴れしく肩組みをし、少し離れたところへ引き摺っていってしまった。
「だ‥誰なのあの人‥?!」
「知らないですよー、もう、いきなり庭先に入ってきたと思ったら『試合がしたい』の一点張りなんですもん」
あぁ疲れた、と言って総司は縁側に腰を下ろした。
「近藤さん達は出払っちゃってるし、どうすればいいのやら‥」
新年の挨拶回りに近藤さん達は出払ってしまっている。この珍客にどう対処したらいいのか、二人で無い頭を捻っていたら、山南さんにひそひそと耳打ちをしていた男は、やがて山南さんの背中を叩いて笑ってから此方に向き直った。話が終わったのだろうか。
「よーし!いやぁ話が早い道場主で助かった!さあさあ試合するぜよ!」
「ちょっと君‥!! 話はまだ終わってないですよ!だいたい‥っ」
どうやら話は終わっていなかったらしい。言葉を続けようとした山南さんの口を男が手で塞ぐ。更には抵抗させない為に羽交い締めにしている。
それにしても山南さんだって相当の力があるはずなのに、本気で抵抗していないように見えるのは──気のせいだろうか。
「おぉう、そこの童! もう防具を身に付けてるなんて準備万端じゃあ! さぁさ早速やるぜよ!」
「私‥?」
そんな様子を総司共々呆然として見ていたら、話の矛先がこちらに向いてきた。防具、と言うからには私のことを指して言っているらしい。
明らかに怪しい男の持ち掛けた話に少し身構える。
「んん? 立派なのは防具だけで、まだまだ試合う心得はついてないかのー?」
その明らかに挑発してくる話ぶりが癇に障る。挑発されていることは重々分かっているのだけれど──
──この男‥
何故だろう、どうしても無視できない雰囲気を纏っている。一体何者なのか、気になってしまって、答えを知りたくて、男を見据える。
「──望むところです」
さっきまで総司と手合わせしようと思っていたところだ。こうなったらどこの誰が来ようと構わない。そう意を決して発した私の承知の言を聞くや否や、羽交い締めにされていた山南さんが脱力するのが見てとれた。
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