第十一話『ambition』
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そんなこんなで皆で進めた煤払い。土方さんお手製の門松も大安の日に綺麗に並べられ、道場はピカピカに手入れされ、新年の準備が着々と整っていった。
そして迎えた大晦日。あとは、年を越すだけ。
「よぉし、そろそろ蕎麦の出番だな」
意気揚々と台所に向かう近藤さん。追うように山南さんが席を立つのに釣られて私も立とうとすれば、笑顔でやんわりと断られた。座っていて良いよ、と、優しく言われてしまえば、意固地になってついていく方がかえって悪い。
「いやぁー、蕎麦なんていつも食べてるはずなのに、年越し蕎麦ってなると何で格別に美味く感じるんだろうな!」
「そだねー」
「でも近藤さんのお手製っていうのが一抹の不安を感じるよな‥」
三人組がやいのやいの話しながら待っている中、ふと見上げた、土方さんの表情が気になった。こういった時に満面の笑みを浮かべているような人ではないとは思うけれど、それにしてもどこか面白くなさそうな顔をしていた。
「──土方さんは、お蕎麦は嫌いですか‥?」
思わず声をかけると、土方さんは一瞬驚いた顔をして、それから苦笑した。そして、息を吐いて口を開いた。
「年越し蕎麦は好かねぇ」
敢えて、”年越し蕎麦は“と限定したことが気になった。そんな視線に気付いたのか、土方さんはまた息を吐いた。
「──細く長くは、武士の一生には向かねぇ」
言われて、気付く。そうか、年越しに蕎麦を食べるのは、細く長い蕎麦を食べることで、それに肖って長寿を願うから。
──武士の生き方には、あまり似つかない
土方さんがそのように感じるのも、一理あるかもしれない。そう思っていると、暖簾の向こうからお盆を持った近藤さんと、続いて山南さんも顔を出した。
「ふふふ、そんなこともあろうかと‥」
近藤さんは自慢気に笑んで、お盆を皆の真ん中に置いた。
「俺お手製の蕎麦は、太く長いぞ!」
予想外の近藤さんの出方に、一瞬皆黙り込む。そっとお盆を覗くと、見えるのは一瞬うどんかと見紛うような──多分、蕎麦と思われるもの。
次の瞬間、堰を切ったように辺りに響く、笑い声。
「あはははっ!」
「それでこそ近藤さんだよ!」
「一本とられた!」
近藤さんは皆の反応に満足げに頷いて、それから私達の方へ歩み寄ってきた。そして、土方さんの前にお碗を差し出して──満面の笑みを浮かべた。
「細いことを良しとせんでも、長いのに越したことはないだろ」
そう言う近藤さんに背中を強く叩かれると、ポカンと見ていた土方さんは、次第に俯いて──それから小さく吹き出した。
そして、堰を切ったように笑いだす。
常に見ないような、大笑いだった。
皆が少し驚いて見ていると、笑いきったのか、土方さんは目尻に溜まってしまったらしい涙を拭って、近藤さんの肩を叩いて言った。
「勝っちゃんには叶わねぇわ」
気を取り直して、蕎麦が伸びてしまわない内に──と言っても、いつまで経っても伸びそうにもない太さだったのだけれど──皆で円になって食べることにした。
近藤さんの“いただきます”の号令の後、皆一斉に口をつける。──が、しかし、
「!」
私は思わず言葉を失ってしまった。
──想像以上にこれは‥
言葉に出すのを躊躇っていると、山南さんも同じように目線を泳がせていた。
けれど、三人組は違った。
「マズっ‥!?」
「ちょーっと粉っぽい‥かな」
「近藤さーん、やっぱり細くないと駄目だわ!」
原田さん、永倉さん、平助の順に、忌憚のない意見が飛び交う。近藤さんはそれを全く意に介さないように豪快に笑った。
「いやいや、これはきっと、武士の一生もこれだけ苦難の道が続くのだという近藤さんの教えを表して‥」
「おいサンナン‥そこまで辛いか」
あまりに真面目な顔で山南さんが言うものだから、近藤さんは一瞬真顔になった。
「あははっ これは最高の年越し蕎麦ですよ!ね、土方さん!」
「‥‥」
沖田さんが呼び掛けるも、無言で蕎麦を啜っていた土方さんは、器を完全に傾けると、一息吐いてからそれを盆に戻した。完食だ。
おぉ、と小さく歓声が上がって、我も我もと、皆こぞって箸を進めた。
その様子を見て嬉しそうに笑む近藤さんと目が合うと、胸の中が温かくなった。
──こんなにも円の中心に居ることが似合う人
どこか誇らしくて、私は自然と笑い返した。
「──近藤さんのおそば、私は大好きですよ」
近藤さんが打った蕎麦は、喉越し最悪で、粉っぽくて、固くて、──そして、これまでに食べたことのあるどんな蕎麦よりも美味しくて、幸せな気持ちをくれた。
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