第十話『vitality』
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皆は皆の中に目指している強さのカタチがある。
それなら私は何の為に強くなりたいのか。その目的が分からなければ強くはなれないのなら、記憶のない私はどう足掻いても強くなれないということになるのだろうか。
それなら、八方塞がりだ。
「結希ー」
深く深く、思考に耽っていると、いつの間にかさっき試合をしていた道場まで来ていた。そしてその入り口の脇に座っているのは、平助。
手招きされて、隣を示されたから 歩み寄ってそこに腰を下ろす。
そうしている内にも今日何度自分自身にも問い掛けたか分からない問が頭の中をぐるぐる廻ってしまって──口を開けば隣に座る彼にも問い掛けてしまう。
「──ねぇ、平助にとって、強さって、何?」
同じ年頃の彼は、どんな考えを持っているんだろう。気になって、包み隠さず真っ直ぐに問えば、平助は目を丸くして、それから軽く笑んだ。
「強さ、ね」
その笑顔を見て、少し不安になった。これは人の本質を問うものだ。人によっては──例えば、先ほど永倉さんが言っていたように、総司のような人には──訊いてはいけないことかもしれない。
少し空いた間に更に不安になって、やっぱり取り消そうかと思った時、平助は私の肩を叩いて笑った。大丈夫だよ、とでも言うように。
「俺の主観で構わないのならば」
そう言い添えながら、平助は続けた。
「──人はね、強いんだと思うよ。この身一つあること、それって本当はそれだけですごいことなんじゃないかな。」
「この身、一つあること‥?」
思わず復唱すると、平助は笑って頷いて、掌を太陽に翳しながら静かに言った。
「俺は総司とかと違って、そこまで強い訳じゃないからよく考えるんだけど。──俺は総司より強くない。俺は新八っつぁんほど頭が良くない。俺は左之ほど腕力がない。俺は‥」
比べていけば、キリがない、と平助は呟いた。
一瞬それは諦めたかのような表情に見えた。けれど、次の瞬間、その目に力が宿ったのが分かった。
「でも、だからって何だっていうんだ」
言う、その語気は常より強く、低く、響いた。決意のような、強い気持ちを感じる。
「だって、力の強さが人の価値を決めるんだったら、俺達に何が残るんだろう。人と比べて劣っていたら、自分には価値がないってこと?──そんなの馬鹿げてるだろ」
それは初めて聞くような、荒々しい言葉。それだけ強く感じる平助の感情。
「俺にある力はこの身一つだから。自分だけでも、信じてやらなきゃ。──与えられたのは、この体だ。」
自分を信じると言った平助は、両手を握りしめた。その指先の色から、その手に加わっている力の強さが測り知れる。──その込められた力の意味は、平助にしか分からない。
平助もまた、葛藤しているのかもしれない。
「ほら、強さって何だろう、と悩んでいる君にも今、その身がある。生きる力があるってことだ。」
ドクン、と心臓が脈打つ。
記憶の奥底に響く。
響き、記憶が引き上げられていく感覚。
──そうだ、私は
『強さが、欲しい』
「一歩踏み出す、何かを掴む、生きていれば、その体一つで色んな可能性が生み出せる」
『生きる力が、欲しいよ』
奥底から引き上げられた記憶。
それは、私の本質を思い出させる言葉。
自分自身の体をそっと抱き締める。
脈打つ心臓。静かな呼吸。体の温もり。自由な体。
──そうだ、欲しかったのは‥‥生きる力
何故それが欲しかったのか。何故記憶を失う前の私はそれを持っていなかったのか。まだ分からないけれど
──今、此処で生きている。
その何にも代え難い、有難い事をありありと感じて、無性に涙が込み上げてきて、腕に込める力を強めた。
その腕にそっと手を添えられる。伝わるのは、優しい温もり。
「ほら、君も、無限大だね。」
私の今を肯定してくれている平助。自身も泣きそうな笑顔を浮かべながら、彼は言った。
記憶は奥底にまだ眠ったままだけれど、そんな平助の笑顔を見て更に込み上げてくる感情。
彼を抱き締めてあげたいと思った。
突き詰めれば本当は、そんな力が欲しいと思っていたのだ、と、ぼんやり思った。自分の身を守るだけでなく、人を包める力が欲しいと。
大切な人を守る力が欲しいと。
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