第十話『vitality』
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額にひんやりとしたものが触れるのを感じて、私の意識は浮上した。──こんな時はいつだって、あの人が隣にいる。
「──あ、目が覚めた?」
けれど、この時は違った。永倉さんが隣に座り、人懐っこい笑顔を私に向けていた。いつもと違う状況に少し驚いて目を瞬かせていると、永倉さんは苦笑した。
「土方さんじゃなくて残念?」
「ち、違うんです‥!!」
永倉さんの発言にさらに驚いて、慌てて起き上がって否定しようとすると、頭がふらついて思うようにいかなかった。
すると永倉さんは私の肩を支えて、ゆっくりともう一度体を横にするように勧めてくれた。
「脳震盪だから、まずは安静にしときな」
──あぁ情けない。
面の一つや二つで伸びてしまうなんて。自分の情けなさに別の意味で頭を抱えていると、永倉さんは笑った。
「今はね、土方さんが総司に説教中」
「? 何故ですか?」
特にズルだとか悪質な試合は行っていない筈だ。ただ試合をして、負けた。それだけ。
理由が分からない私に、永倉さんは苦笑して言った。
「流石にやり過ぎたからね。あの面は俺でも倒れてたかも」
「──総司は正々堂々と戦ってくれただけなのに‥」
元々、いつも試合を挑むのは私の方だ。手加減が苦手だと言って私を相手にあまり本気で試合うことを好まない総司に、無理を言ってお願いしている。
すると、永倉さんは困ったように笑った。
「正々堂々、は良いことだ。──でも。力がある者は、相応の責任がある」
真意が掴めなくて、私は首を傾げてしまう。
永倉さんは、縁側に立て掛けている竹刀を見遣って、続けた。
「敵ならいざ知らず、仲間相手に、力あるものが剥き出しの力をぶつけるのは、いけない」
「──本気を出して欲しいと願った相手に対しても‥?」
訊ねると、永倉さんは一層困ったように笑った。──きっと困らせるような質問をしているのだということは分かっていたのだけれど、どうしても聞かなければ、突き詰めなければ、今私の中にある靄が晴れることはないと思ったから、質問を重ねてしまう。
すると、永倉さんは少し間を置いて、言った。
「──結希ちゃんは、俺や平助や左之とも試合をするけど、中でも──どうして、総司に勝つことに拘るの?」
今度は逆に訊ねられた問に、ドキリと胸が鳴った。自分の幼さの正体に気付かれてしまったような、そんな気がした。
その問い掛けから逃れてしまいたい思いに駆られたけれど、元は自ら始めた問答。そんな訳には行かない。
私は意を決して、口を開いた。
「──紛うことなく、強さの象徴みたいなものだと思うから、かも」
「‥‥なるほど、ね」
あまりに幼稚な発想で、きっと呆れられると思ったけれど、永倉さんはただ短く呟いて、頷いて、そっと縁側に架けていた私の竹刀を握って立ち上がった。
「確かに分かりやすい強さ、だね。でも──彼奴にはあんまり言わないでやってな」
「え?」
また真意が掴めなくて、思わず聞き返す。
総司は強い、そう思っていること、それを本人に告げることを、まるで良くないことのように言う。強い、それは、望まれるべきことだと思うのに。
私が考えていると、永倉さんは竹刀で数回素振りをして、それから深く息を吐いた。
「‥彼奴は、自分の“力”を、良く思ってない。むしろ──恥じている。総司の本気は、敵意と紙一重だから。その境界線が曖昧だから‥」
“力”が、“恥”。
総司がそんな風に思っていることを、露ほども知らなかった。私はただ、力を持っている総司が羨ましく、それに並ぶことで強くなれると思っていた。
そんな風に驚いている私を見た永倉さんは、その混乱を察したように優しい口調で話す。
「──強さって、きっと人それぞれの意味があるんだね」
強さ。
見ること聞くことの叶わない、掴み所のない、抽象的なもの。自問してみても、私の中にはまだその答えが見当たらない。
あと少しで分かりそうで、でも一方では得体が知れなくて。途方に暮れてしまいそうだ。
頭の中でぐるぐると考えていると、永倉さんはまた優しい口調で語りかけてくれる。
「例えば、さ。左之はきっと、たとえ総司から毎回一本取れなくても、自分のことを強いと信じてると思う」
「一本も取れなくても?」
そう、と言って永倉さんは笑った。
「あとね、俺は、君のことを強いと思うよ」
「え?」
「そして、これは俺の想像だけど、多分──総司もそう言うと思う」
いよいよ分からなくなって、頭が更に混乱していく。
そんな私の様子を見て、永倉さんは少し悪戯っぽい笑顔を浮かべて言った。
「強いって、なんだろうね」
答えは自分自身で見付けなきゃいけない。そう暗に言いながら、問答の中にいくつも手掛かりをくれたように感じられて──私は去り際、微笑む永倉さんに小さくお礼を言った。
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