第八話『lantern』
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「土方君たちの名前を呼んでいたからピンときたんだ」
もしかして、と思って声のする方角に行ってみれば、私がいたのだという。
「近藤さんの家の人から、皆は“例の場所”に向かったと聞いたから、向かっていた途中なんだ」
そう言ってその人は私の肩を包むようにして引き寄せた。
心細かったことを、分かってくれている。その心遣いに、胸がじんわり温かくなった。
「だからもう大丈夫。あの場所は私も何度も行っているからね」
向けられる笑顔の奥に穏やかな温かさが見える。初めて会ったはずのこの人に、私は土方さんたちに感じるのと同じ安心感を覚えていた。
‐‐‐‐‐‐
程なくして、前方に灯りが見えてきた。そこに浮かび上がる人影を見て、私は一気に安堵して体に入っていた力が抜けた。
するとそれを感じたのか、その人はニコリと笑って、そっと肩に回していた腕を解いた。
「近藤さん!」
叫んで駆け寄れば、此方に気付いた近藤さんは破顔して応えてくれた。
「どうやらサンナンに救われたみたいだな」
「サンナン?」
突如現れた聞き慣れない単語に頭を傾げる。すると、私を連れてきてくれたその人が、笑って言った。
「私は山南敬助。皆からは“サンナン”とも呼ばれる。近藤さんの所の剣客だ」
だから君の噂も聞いているよ。そう言って、“サンナンさん”はやっぱり人の良さげな笑顔を浮かべた。
「わー!山南さんだー!」
「お久しぶりです!」
「おかえり!」
口々に歓迎の言葉を述べながら、皆が集まってくる。そうして山南さんの肩を叩く皆の表情には、山南さんへの信頼が見て取れた。
「──ところで、土方君は?」
そういえば先ほどから姿を見ていないなと今更気付いて辺りを見回すと、近藤さんが愉快そうに笑った。
「いやぁ、歳は結希がいなくなったことにいち早く気付いてだなぁ、物凄い形相で‥」
そこで言葉を切った近藤さんは、何かに気付いた様子で私の背後を見やった。
「あぁ、ほら、あんな感じだ」
「え?」
そう問い返すやいなや、背後から轟音が近付いてきた。提灯を片手に、ぬばたまの黒髪を振り乱して全力疾走してくる、その人。
「結希ーーっ!!!!」
「っごめんなさいぃぃい!!」
鬼の形相で接近してくる土方さんに全力で謝る私の隣で、今日の歳は韋駄天走りに磨きがかかってるなぁ、なんて、呑気に近藤さんは呟いた。
物凄い形相で迫ってきた土方さんは、私の肩を掴んだかと思うと、俯いて大きく深呼吸を繰り返し、荒くなった呼吸を整えた。
そうして、何かを言おうとして、土方さんは顔を上げる。けれど、出しかけた言葉を飲み込む。
そんな事を二三度繰り返して、呼吸が完全に整うと、土方さんは私の肩から手を離した。何をするでもなく、言うでもなく、ただ軽く私の頭を叩いただけだった。
「──あぁ、サンナン、帰っていたか」
「どうやら彼女以外視界に入っていなかったようだね」
漸く山南さんの存在に気付いた土方さんがそう声をかけると、山南さんは笑みを浮かべた。
そんなんじゃない、と土方さんは手のひらを振った。
「‥よし、サンナンの帰還だ、酒だ酒!」
山南さんの笑顔を見据えていたかと思うと、土方さんは皆に向かってそう言葉を投げた。
──あ‥
ふと、気付く。
土方さんの笑みが少し柔らかくなったことに。それは僅かな変化だけれど、土方さんは機嫌良さげに笑っている。
山南さんの笑顔が、きっとそうさせた。
そのことに思い至って、言い知れぬ喜びが湧き上がってきた。
「どうした?結希」
近藤さんに尋ねられて、私は喜びそのままに笑顔で答えた。
「山南さんって、提灯みたいだなって」
提灯?と近藤さんが問い返すと、話し込んでいた土方さんと山南さんも此方を見やった。
「──近藤さんは太陽で、土方さんは月なんです」
近藤さんは、ぽかぽかと皆の心を照らす太陽みたいな人
土方さんは、静かに皆を見守り光を注ぐ月みたいな人
「それで、山南さんは、皆をほっとさせて、笑顔にさせてくれる、手元の灯り。足元を照らしてくれる光。だから提灯みたいだなって」
身近で、温かな灯り。山南さんにはそれがぴったりだと思った。適切な表現を思い付いて、私は一人ですごく満足していた。
すると、ポカンとそのことを聞いていた山南さんが、俯いた。
そして、肩を小刻みに揺らし始める。
「ふ‥くくくっ‥」
笑っている?と気付いた時、山南さんは弾けたように大笑いしだして、土方さんの肩をバシバシと叩いた。
「ははっ、君がご執心になる訳が分かったよ、土方君」
その山南さんの言葉の意味が分からなくて、土方さんの決まりの悪そうな表情の意味が分からなくて、私は首を傾げる。
けれど、山南さんの笑顔はやっぱり温かく、心に灯りを灯してくれて、その安堵感が心地良かった。
【第八話 END】