第五話『bloom』
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「さて、修行はここまで。こっからはお仕事な」
言って、竹刀を傍の木に立てかけると結希は頷いてそれに倣った。
「‥とりあえずだな、さっき打ち合っていて気づいたお前の弱点は」
採草用の笊を取り出して、続ける。
「まず第一に力がないこと。第二に戦いの中の体の捌きがなってないこと、だな」
そこまで言って振り返り、結希の顔を見やれば、なんとも真面目な顔で俺の話を聞いていた。
難しそうに眉間に力が入っているのが感じられて、思わず苦笑する。
「だが、重ーい荷背負って仕事してりゃあ嫌でも力はつくし、毎日打ち合っていれば勘だって鋭くなる」
あとはお前の覚悟さえあれば、何の問題もない。
言って、笑いかけてやろうかと思ったけど、柄にもなく照れて止めた。代わりに乱暴に頭を撫でる。
すると結希は俯いたまま顔を上げない。
「‥おい、また泣いてんのか?」
「泣いてない!です!」
慌てて面を上げた結希を見やれば、少し目が潤んでいた。
感受性が豊かなのか、それとも単純に泣き虫なのか。はたまた素直すぎるのか。
面白いヤツだ、と笑ってため息を零す。
「さ、泣いてる暇はないぞ。仕事は嫌と言うほどある。今日要るのは胃に効くヤツと心の臓の痛みに効くヤツ。それと──」
すっかり頭を切り換えるように指折り数えつつ言うと、結希は慌てて俺と同じように指を折り、復唱することで頭に叩き込み始めた。
「えっと、胃痛と心臓と‥」
「あとこの前の不味そうでギザギザなヤツ。それと‥──ん?」
薬草園を見渡していると、ふと例の不思議な金色の花「ハナビシソウ」が目に飛び込んでくる。──けれど、昨日とは明らかに違う雰囲気のそれ。
「‥今日は花が咲いてないな。枯れたか?」
この前は眩しいくらいに輝く金色の花弁を目一杯に広げていたのに、今日はそのナリを潜めている。
首を傾げて呟けば、結希が笑って答えた。
「あぁ、いえ。確かハナビシソウは晴れの日にしか咲かないんです」
「晴れの日に?」
「えぇ。光がある時、ある場所で、咲くんです」
素敵でしょう?と微笑む結希は本当に嬉しそうだった。
朝顔が朝しか咲かないようなものか、と納得して目の前の花に触れれば、朝露が弾けて飛んだ。
「花言葉が好きなんです」
「花言葉?」
「えぇ。『希望』『約束』それと‥」
綻んだ笑みのまま言いかけて、──止める。表情が凍りついたように見えたのは気のせいだっただろうか。
隠すように俯き、逡巡しているような素振りを見せたから、顔をのぞき込んだら──結希は困ったように笑い返した。
「‥‥思い出せないや」
諦めにも似たその表情は、俺の言葉を奪った。
苦しいのに。身が締め付けられるように辛いのに。それを隠そうとして貼り付ける笑顔は、酷く痛ましい。
俺にはコイツがこの花にどんな思い入れがあるのかはわからない。そして記憶を失ったコイツにも、それはわからない。きっとそれは大切で、かけがえのないもののはずだったのに。
言いようのない思いが胸を支配して、かける言葉も見付からなくて、俺は気付けば 結希の頭を自分の胸に引き寄せていた。
「‥‥土方さんの鼓動の音、温かいな‥」
そっと、結希は体を預けながら小さく呟いた。
【第五話 END】