第三話『remedy』
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秘密の宝庫に辿り着く。昨日と何ら変わらないのに、空気が少し違って感じるのは 隣にコイツがいるからだろう。
「‥すごい‥」
「だろ?」
目を丸くした結希は、フラフラと引き込まれるかのように“薬草園”へ足を踏み入れた。
「‥綺麗な場所ですね」
紅潮した頬を弛ませて、結希は嬉しそうに言った。
(随分豊かになった表情が密かに俺を安心させている。)
「まぁ、傷薬以外見分けがつかないから宝の持ち腐れなんだが‥」
俺が苦笑して言うと、結希は辺りをぐるりと見回して、ハタと視線を一点に止めた。
「これ‥‥」
目を留めたのは、昨日勝っちゃんと集めた “ギザギザして不味そうな草”。
「これが傷薬、ですか?」
「?おう」
「よく分かるな、結希」
あれだけ勝っちゃんは昨日手間取っていたのに、コイツは迷わず答えた。──という前に、俺はコイツに見分け方を教えただろうか。
──あれ?
「それで、あっちの草は胃に効いて、その草の根は肝臓に‥」
「ちょっ、待て待て結希!」
「お前薬草分かるのか!?」
するすると出てくる言葉に慌てて待ったをかけると、結希はキョトンとした目で此方を見てきた。
「‥何でだろう、今するすると出てきました」
自分でも少し驚いているようだ。何度か瞬きをして、首を傾けた。
記憶よりも、知識の方は身に染み着いているということだろうか。
その辺りの医学的な知識がない俺たちは揃って首を傾げることになってしまった。──って、間抜けな光景だな。
「‥考えても仕方がない。詳しい奴じゃなきゃ本当に合ってるかなんて分からねぇし」
溜め息混じりにそう言えば、勝っちゃんはポンと何か閃いたかのように手を打った。
「おぉ、それがいい!歳、お前の生家で訊いてみろよ」
「へ?」
「散薬作っているくらいだ、多少なりとも薬草に詳しいだろ? もしかしたら有用な知識かもしれないからな!」
言われて、気づいた。
そうか、もしこれが確かならこいつはその知識でこれから何らかの形で暫く身を立てていけるかもしれない。
今後のことを考えれば、これは思わぬ収穫だ。気付いて結希の方を見やれば、結希も同じことに気付いたのか 少し安心したような笑顔を見せていた。
「‥お前、薬師とか漢方薬屋の家の出なのか?」
「うーん‥?」
「ははっ、まぁゆっくり考えていけばいいだろう歳」
再び首を傾げてしまった結希を見て、勝っちゃんは笑って言った。
外見は十代後半かというような感じなのに、コイツは仕草のせいか 少し幼く見える。なんというか、純朴といった印象だ。
「! そうだ、植物に詳しいなら一つ訊きたいことがある」
「何でしょう?」
快く応えた結希に頷くと、俺は薬草園を突っ切って奥へと進み、ちょうど日溜まりになっている場所──昨日結希が倒れていた場所の辺りで立ち止まる。
やはりそこには昨日と変わらず 見慣れない金色の花が咲いていた。
「この花、何だか分かるか?」
振り返って指し示すと、結希は思考を巡らせる──よりも早く、目を輝かせた。
「それ、花菱草ですよ!」
「ハナビシソウ?」
「はい!別名は‥えぇっと、何だったかな‥。とにかく、私その花大好きなんです!」
興奮したように頬を紅潮させて言う。その予想だにしていなかった反応に思わず目を瞬かせるが、結希はそんな事も気にかけない様子で続けた。
「ほら、花の形が花菱の紋に似ているでしょう?」
「あぁ、本当だ」
「結希は詳しいなぁ」
ふふふ、と得意気に笑むと、結希は花ともう一度向き合った。そしてそっと触れようとして── 一瞬だけ、肩をぴくりと震わせた。
「? どうした、結希」
「──い、いえ‥」
明らかに狼狽した声で答えると 結希は首を振って、気を取り直したかのように再度ハナビシソウに触れ 今度は摘み上げた。
「──なんだか少し‥胸がチクリとしただけです‥」
「「?」」
振り向き、困ったように笑ったコイツの顔と、日の中で咲き誇る花菱草が、やけに目に焼きついた。
【第三話 END】