《第三輪》




 二人で川沿いを歩く。
 盛大に腫れた“たんこぶ”をさすりながら。

「‥ちょっと間違えただけなのにさぁー」
「いやいや“だいぶ”ですよ」

 “薫ちゃん借りていい?”と聞くはずが、口を滑らせて“貰っていい?”になってしまった。

──思わず本音がポロリしちゃったのか

 でも、何十年もの歳月をかけて磨かれたお婆の鉄拳を喰らいながらも、真っ赤になった薫ちゃんが可愛かったのは見逃さなかった。


「あ、そろそろ見えてくるよ」

 店主のお婆の話題で盛り上がる中、俺がそう告げると、薫ちゃんは俺より先に“その姿”を捉えたらしい。

「わぁ‥!!」

 思わず駆け出した薫ちゃんを追うと、俺の視界にも広がる鮮やかな世界。

 白、黄、橙、朱、桃、紫‥──

 俺が見つけた 隠れた名所の“花畑”だ。


「凄く綺麗‥!」

 川縁に広がる花畑へ下りた薫ちゃんは、期待通り、満開の笑みを見せてくれた。

「ここからお花を摘んできて下さったんですね」
「うん、そう」

 本当に偶然だった。たまたま風に乗って 白百合の香りがしただけなのだから。

 一頻り辺りを見回すと、薫ちゃんは少し首を傾げた。

「あれ? 藤堂さん この前白百合持ってきて下さいましたよね」
「‥うん。持ってった」
「‥でも此処に無いですよね」
「‥‥えへ。全部取っちゃった」
「え!!」

 自分でもやり過ぎたかなと思っていたから、とてもバツが悪い。
 見事に切られた白百合の茎を見つけて、薫ちゃんは俺に向かってそれを示した。

「あー‥コレ、もう‥、駄目ですよ全部なんて‥‥ ん?」

 途中まで言って、薫ちゃんは俺の後ろの方を見たまま動きを止めた。
 何事かと思って振り向くと、一人の女の人。菫が植わっている辺りにしゃがみ込み、そっと手折っているのが見て取れた。

「此処知ってる人俺以外にいたんだー」

 隠れた名所だと思っていたのに、案外地元民には知られているようだ。その証拠に、また一人姿を現した。

「!藤堂さん、あれ!」

 そう言って俺の袖を引っ張ると、薫ちゃんはさっきの女の人の方を見遣った。その視線の先を辿ると、女の人が地面に向かって何かをしていた。

(! 何か植えてる!)

 よくよく見てみると、もう一人の方も“何か”を地面に埋めていた。
 懐から取り出した小さな袋に入っている‥、あれは‥───

「‥‥‥種だ‥!」

 どうやら、此処では手折った分だけ種を蒔いていくのが暗黙の決まりらしい。

──だから花が絶えないんだ‥

 不思議な慣習に、なんだか心が温かくなった。
 人と人とが繋がるこの小さな場所。俺の目の前に咲いているこの花は、いったい誰がいつ植えたものなのだろう。そう考えると、胸に広がるくすぐったい温かさ。

 と、鮮やかな花々の中、視界の隅に映った“白百合の茎”。
 俺と薫ちゃんはゆっくり顔を合わせた。

「‥‥俺も植えなきゃ」
「ですね」

 目が合ったまま 少し間があって、思わず二人して笑った。

「また今度植えに来ましょう」
「うん」

 顔を合わせて、笑い合って、瞳に彼女が 俺が映って。この瞬間がずっと続けばいいと思った。

───強く、願った。

 いつの間にか次会う約束の取り付けができていたのに気付いたのは、それから少し経ってから。
 逢い引きの場所が花畑なんて、出来すぎたお話だけど。

 白百合の香りが、この恋を後押しした。





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この“白百合”がこの物語の要になっていきます。
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