《最終輪》
過去の俺を追い越し行く
幾星霜もの時間
それは俺から
記憶の輝きを奪っていく
手離してなるものか、と
意地になって
俺は何度も“花”を手にする
懐かしい芳香が
俺の記憶に訴えかけて
時々 甦る
キミたちの笑顔
花、時々キミ 最終輪
『とある夢の終着駅』
『とある夢の終着駅』
ザクザク、カラコロ、と、古めかしい下駄特有の足音が近付いてきた。と、思っていると 突然それはウチの前でパッタリと止む。硝子戸に小柄な影が映った。
逡巡しているな、というのは、何となく経験上わかる。ここで固定観念に負ければそのまま下駄の音は遠ざかるし、好奇心に負ければこの戸は開かれる。
なかなか硝子戸に映ったシルエットが動かなくて、男はクスリと笑った。──コイツはどちらのクチだろう。手に取ったグラスを暢気に布巾で拭きながら、男は待った。
室内は珈琲豆独特の香ばしい香りで満ちていた。木製の卓が幾つかと、未だ見慣れぬチェアと呼ばれるものが置かれている。
鼻歌でも歌いながら、マグでも用意しているかな と思った瞬間、影が動いた。
「御免下さい」
どうやら好奇心に負けたようである。もう一度クスリと笑うと、男は戸を開いて突っ立ったままの客にカウンターの席を勧めた。
客の風体は、立派な袴に羽織り、京下駄、そして──見事な二本差し──。男は少しだけ目を細めた。
「──いらっしゃい」
「‥綺麗な内装だね」
「どうも」
「これが噂の‥カフェーって奴か」
使い慣れないのだろう。最後の方は心なしか語気が弱くなっていった。
「そうです、そうです。今の時代、なかなか良いでしょう?」
「うん‥悪くはない」
慣れぬ雰囲気にまだまだ堅い客が可笑しくて、男は見えないように 珈琲豆を取り出す序でに、背を向けてこっそりと笑った。
「珈琲でいいかい?それとも紅茶‥」
「煎茶がいい」
迷わず話をぶった切った客に面食らう。わざわざカフェーに来たというのに、日本茶を出せと言うのかこの客は。
「お客さん、折角意を決してカフェーに来たんだ。煎茶なんて‥」
「俺は此処の茶を飲みに来たんだよ」
断固として意志を曲げようとはしない。根っからの日本男児という感じが溢れていて、やれやれ、と 此方が折れる他なかった。
「なかなかどうして、我が儘だね、お客さん」
「‥どうとでも」
頬杖をついて、目線を逸らして拗ねたように言う。その年齢にそぐわぬ姿が可笑しくて、今度は隠さずに笑いを零した。
「よし、分かった、いいよ。お客さんは運がいいね、ウチは実は日本茶の方が自慢なんだ」
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