《世界へ続く航路》



世界にとってはちっぽけで

俺にとっては何にも代え難い

かけがえのないもの


見つけたんだ
俺の宝物


繋いだ手のひらを
幸せを

もう決して離したりしない



誓うよ








【花、時々キミ/世界へ続く航路】








 世界が揺れていた。
 それは決して激しいものではなく、まるでたゆたう揺りかごのよう。優しい優しいその揺れは、きっと心地良い眠りへ誘ってくれるだろう。

 世界は真っ暗だった。
 何で真っ暗なんだろうと考えを巡らせて、ああ、瞳を閉じているからだと気付く。

 夢と現実の狭間で、此方にいるのか 彼方にいるのか 自分の存在が曖昧になって、微睡みに甘んじている。

 それが何とも心地よくて、暫くそうしていたくて、揺れる世界の中で そっと瞳を閉じていた。


 全てが優しい。


 そう思うと、急にその優しい世界が見たくなって 触れたくて、ゆっくりと瞼を上げた。

 世界は、うすぼんやりと白かった。


 耳に入ってきたのは 木の軋む音と、水を切る心地良い音。
 揺れる世界の正体が、小さな小さな小舟だと その時やっと気付いた。


 ぼんやりと白い世界、水、小舟、渡る──


 一つの答えが頭に浮かんで、俺は小さく吐息を漏らして 思わずそっと笑った。

 三途の川って本当にあったんだな。





「気が付かれましたか」


 船頭の方から声がして、初めて自分以外にもこの舟に乗っている人がいるのだと気付く。
 体が動かせないから、どんな水先案内人なのかは分からない。

 けれどそれは、とてもとても、美しい声だった。世界で一番美しいと思う 声だった。
 そしてそれは、愛おしい愛おしい、声だった。

 世界で一番愛おしい、声だった。


 神様ってなんて優しいんだろう。


 ぼんやりと白い世界
 水を切る小さな小舟
 美しい声の水先案内人

 世界で一番愛おしい人


 こんな優しさに満ちた世界は、死後の世界だろう?
 思う、世界は ぼんやりしていて。

 その微睡みの中で、何かが鼻孔を掠めた。





「‥‥‥じゅ‥‥ん‥?」




 感じたのは、頬を伝う涙の温もり。感じたのは、手のひらを包んでくる確かな温もり。
 感じたのは、背中に走る確かな痛み。

 嘘だ。と、心の中で何度も呟いた。(それが確かであることを願っていながら。)


「此処に、いますよ。私も──貴方も」


 動けない視界に映りこんでくる、何にも代えられない かけがえのない愛おしい存在。
 頭が胸が心がいっぱいになって 押さえきれない。全てが飽和して、溢れた心は涙となって零れ落ちた。


 そうだ、俺は───





1/4ページ
スキ