《振り向けば、花道》



分からないから
がむしゃらに突っ走って

欲しくて欲しくて
欲しくて欲しくて

声の限り叫びながら



生きる意味を 求めてた



そして知った


それが
“生きる”ということなのだと



教えてくれた 君の笑顔


俺の、宝物








《振り向けば、花道》








 静かな路上裏。いや、“静かになった”路地裏。
 身も凍るような外気温に、重く閉じた瞼が上がらない。

 視界が開かない代わりに より敏感になった耳が、ヒタヒタ という音を拾った。


「──‥‥終わった‥? 新八っ‥つぁん」


 足音は俺の顔の傍で止み、瞼越しに影がかかるのが分かった。


「‥あぁ、終わったヨ」


 そっか、と呟いて、“最期に”瞼を上げようと力を入れるけれど、未だ視界は暗闇のまま。
 少しだけ間があって、それから気付いた。

(‥あーあ‥)


「‥平助‥?」


 瞼を上げても焦点の合わない俺を不思議に思った新八っつぁんは、膝を折ってより近くに寄ってきた。


「目、もう見えない‥」


 誤魔化して誤魔化して、笑って言うと、新八っつぁんが眉を顰めた気がした。


「──バカ野郎‥」

「‥うん」

「最後の最期まで、“武士”になんて‥っ」





 後ろ傷を負った瞬間、全てが吹き飛んだ。

 代わりに浮かぶ、言葉。



 強い相手にも臆さない。
 逃げない。
 退かない。
 志を掲げ、死をも厭わない。



「──後ろ傷は、武士の恥‥」



 頭に残ったのは、“武士”なのだという自負。
 愚かだったのかもしれない。でも、だって、それが俺の生きる意味だった。そしてそれが、俺の生きる意味で在り続けるんだ。



 でも、それが全てだと言ったら嘘になる。


──よぎったのは、彼女の笑顔


 それでも俺は振り返り、正面を向いた。


 腐っても俺は“武士”だったから。“誠”の一文字を失っても、尚。

 俺は“武士”だった。


「厄介なもんだね‥侍の魂、なんて」


 でもどうしてだろう。後悔が、無い。

 この時代に生きて、少しは地位ある家に生まれて。
 でも、俺の生まれた時代は‥──武士の生きにくい時代だった。

 でも、それでも。

 生きることを諦められる訳がなかった。精一杯、声の限りに生を叫んだんだ。


「‥もがいてでも、惨めったらしくても‥」


 生きたんだ。

 そう呟くと、何故だろう、瞳の奥がじんわり熱くなった。


 全身全霊、全てを懸けて、生きた。生きたんだ。
 後悔が、無いんだ。


 言う、言葉に嘘偽りは無い。それは虚言でも意地でもない。


 けれど

 けれど


「‥でも、一つだけ‥」


 神に祈るように呟いた。
 もうこれ以上求めるなと怒られてしまうだろうか。

 これは、世界にとってはあまりにもちっぽけで、俺にとっては世界中の何より重大なことだから。

 何よりも、大切なことだから。


──あと一つだけ、我が儘を許してくれるのなら。






「薫ちゃ‥を‥泣かせた‥く‥なかっ‥」





 言葉にすると、頬を伝う涙が止まってくれなくなった。
 止めどなく、止めどなく流れ行く涙。息が詰まって声が震える。

 止まってよ、ねぇ。


 今涙しているのは俺の筈なのに、世界を失った俺の視界には、彼女の泣き顔が映っている。

 ねぇ、泣かないで。

 泣かないでよ、お願いだから。


──笑ってよ。








「‥っ! 幸せだったさ!!」


 堰を切ったように新八っつぁんが叫んだ。
 今俺の頬に落ちたのは、俺の涙ではない。


「幸せだったよ!薫ちゃんは!!」

「‥新ぱっつぁ‥」

「自信持てよ!! 胸を張れ!!」


 ポタリ、ポタリと俺の頬、肩、首を濡らす。
 なんて温かいんだろう、と 思った。
 なんて───


「あの子の笑顔を忘れるな!! お前が居たから‥お前が居たからなんだぞ‥っ!」


 なんて救われる、言葉。



「‥‥‥ありが‥とう‥っ」


──ありがとう、新八っつぁん

──ありがとう‥


 最後の最後で聴力まで言うことを聞かなくなって、言葉が消えていく。
 俺の言葉は、届いただろうか。


 暗くなった視界、音を失った世界。現世を離れていく感覚に、残ったのは‥──僅かな感覚。

 もう何もすることが無いと気付くと、気持ちだけ笑顔を作った。




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