《第十四輪》




 ピチャン、ピチャン、と 雫が落ちる音がする。それは何故か嫌に小気味良くて、いよいよおかしくなったのかなって ぼんやりとした頭で考えた。

 きっと他にも音はあるはずなのに、罵声も呻き声も金属音も何もかも耳には届かなくて、まるで 用意された独り舞台に立たされているようだった。


──例えばこれが一つの舞台だとして、その終幕は果たして如何。


 あまりにも先が見え透いていて、なんてつまらない舞台なのだろう、と 思い、自嘲した。


──でも、そんなつまらない独り舞台にも、もう立つ“資格”は無い。


 そうだよ。だから。



 ねぇ、幕引き役者はあんたがいいな。







 ピチャ、ピチャ、と 歩みを進める度耳に響く音。本当は、足音を潜めて背後から──ってのが理論なんだろうけど、もうそんなの どうでもいいや。
 相手が相手だしね。


──ブン‥ッ‥



 力一杯刀を振り下ろしても、相手はピクリとも動じない。

 それは見くびり?それとも“信頼”?──まぁ、どちらでも良いんだけど。

 どちらにせよ、俺にあんたは斬れないよ。


「‥ダメだろ新八っつぁん 動かねぇと。死んじまうぜ?」

「‥死んでねェだろ?」


 ああ、もう。その自信はどこから来るの。

(そこに信頼という言葉を当てはめる勇気なんて無かった)



「刀、構えなよ」

「何で?」

「何で、って‥」


 飄々として言ってのける 相変わらずな新八っつぁんに苦笑する。
 強ぇなぁ。かなわないよ。


 でも、駄目なんだよ。
 もう、昔とは違うんだ。

 言い聞かせるように唱えて、俺は笑顔を消した。



「今新八っつぁんが何考えてるか、当ててみようか」

「は‥?」


 あんたは俺の幕引き役者なんだ。

 それは、自分に言い聞かせるように、唱えた。



「考えてるのは、こうだよ。
 “こいつは裏切り者だ。だから斬る。斬りたくて斬りたくてしょうがない。何でこんな奴を仲間だと思ったんだろう。友達?反吐が出る。裏切られた俺の気持ちをどうしてくれるんだ。あぁ、早くこんな奴消えればいいのに。そうか、いっそこの手で消してや‥”」
「平助っ!!」


 強い語気で俺の言葉を遮ると、新八っつぁんは強く俺の肩を掴んだ。
 睨み上げるその目は明らかな怒りの中に─悲しみを帯びていて、俺は思わず瞳を逸らした。

 やめてよ、そんな目。らしくないだろ。


「ふざけんなよ‥お前。俺がそんな──」

「そうじゃなきゃ駄目なんだよ‥っ!!」


 叫んで、言い放って、突き放す、はずだった。それなのに。思ったよりも強い語気にならなくて、震えた声が情けなかった。

 駄目なんだよ。と、繰り返す言葉は弱くて、覚悟の弱さを知る。

 駄目なんだって。呟いて、言い聞かせる。
 許されちゃいけないんだ。俺は。どうしようもないから。

 でもそれ以上何も言うことが出来なくて、言葉が繋げられなくて、俺はただただ、俯いた。
 そして、──刀を構えた。



「‥‥‥」



 すると、少しだけの躊躇があって、それから 向かいで高く響く抜刀の音。
 望んでいたはずなのに、その不謹慎にも悲しみを帯びた音に俺が眉を寄せると──新八っつぁんは優しく笑い飛ばした。


「なぁ、お前が今何を考えてるか当ててやるよ」

「え‥?」


 拍子を抜かれて思わず新八っつぁんの方を見やれば、目が合った。
 浮かぶ、意地悪な笑顔。


「お前はこうだ。
 “もう嫌だ。逃げたい。泣きたい。うえーん”」

「ちょっ‥」


 場に不釣り合いな程 おどけて言う。あまりにも不釣り合い。
 何それ、緊張解けちゃったんだけど。



「ははっ何それ、ひっでぇ‥。俺ってそんな印象?」


 思わず戦意を喪失して苦笑すれば、新八っつぁんはまた優しく笑い飛ばした。
(そもそも、元々戦意なんて無かったけれど)


 その時、流れた空気が優しくて(懐かしくて)、心が“何か”を叫んだけれど── 気付かぬフリをする。

 少しだけ笑うと、新八っつぁんは、真剣で真っ直ぐな目で俺を射抜いた。


「そうだよ。俺が見てきたお前はそんな奴だ。意外と小心者。涙もろくて時々弱虫。お調子者なのに肝心なとこでヘタレだし。傷つきやすくて、何でも背負いこんで、馬鹿みたいに素直で──」










「──馬鹿みたいに優しい奴だ」





3/5ページ
スキ