《第十三輪》
俺達は
たった一片の言の葉を
抱き、抱え、包み込んで
伝える術を知らなかった
「‥っ藤堂さん‥っ!!」
気付かないフリして、逃げることだって出来た筈だった。
( ねぇ、名前が大切だっていう意味が、よく分かったよ。
君が俺の名を呼ぶ度、幸せになれるんだ。
此処に居て良いんだって、思えるんだ。)
過った記憶を打ち消すように、俺は頭を振って 拳を強く握り締めた。
「藤堂さん‥」
「‥‥‥」
振り返っちゃ、いけない。きっと引き返せなくなる。止まらなくなる。この気持ちが。抑えきれなくなる。
「‥っ藤ど「何してるのさ」
一刻を争うんだ。夜になれば、“彼ら”の時間。“ソレ”が今日かも知れないし、明日かもしれない。とにかく、早く。一刻も早く。
「‥早くしなよ」
お願いだ。どうか、振り向かず 顧みず 迷わず、此処を去って。
俺に情を残さないで。
その為になら 俺はいくらでも毒を吐く。君に嫌われてみせるから。
「‥ったく グズグズしてんなよ。状況も分かんない訳?」
‥‥でも
「ちんたらしてたら“来る”っつってんの。ぼやぼやすんな」
でも
「早く‥っ行けよ‥!!」
でも
握り締めた拳の震えが止まらない。肩の震えが止まらない。声の震えを隠せない。
「‥っ早く‥」
あぁ、やっぱり俺は。
俺は 弱い。
肝心な所で踏みとどまれないなんて。“守り”きれないなんて。
なんて、弱いんだろう。
「‥‥っ」
唇を噛み締める俺の後ろで─── 地を蹴る音がした。
〈‥ドンッ‥〉
「!!‥‥」
背中にかかった衝撃。温かい衝撃。包まれる感覚。温かい感覚。
「‥‥離してよ」
「っ離しません‥」
「離して」
駄目だって。俺、弱いんだから。堪えきれないよ。
「離し「‥っ私!」
ドクン、と 心臓が脈打つのが分かった。そして激しくなる動悸。
待って。まさか。“ソレ”は。
イ ケ ナ イ。
「っ私、貴方に伝え「言わないで‥っ!!」
続く言葉を恐れて、溢れる気持ちを恐れて──言葉を塞ぐように、彼女を乱暴に抱き締めた。
「‥言わな‥で‥っ」
声が詰まって‥それ以上言葉が紡げなかった。
言葉を紡ごうとすればするほど、想いが溢れて(零れてしまいそうで)俺は只々、腕に込める力を強めることしかできなかった。
その代わりに、静寂の中に響いたのは──腕の中から微かに聞こえた 君の声。
「‥‥‥好き‥です‥」
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