《第十三輪》



 静かに過ぎる 時。妙に凪いだ心が──気持ち悪かった。

 人の入りが少ない刻に 微かに吐息を漏らすと、入り口に人影が映った。


「あ、いらっしゃいま──‥‥永倉さん?」


 息を切らせて入ってきたのは、永倉さんだった。隊服を握りしめて‥どうしたのだろう。


「どうかしたんですか‥?」

「っ‥いや、ううん。ちょっと近くまで来たから。‥‥煎茶もらえる?」


 何かを隠すかのように目を細めて笑う。そんな永倉さんの笑顔に疑問を感じながら 私はすぐにお茶を取りに行った。








「顔色があんまり良くないね」


 ことり、と湯呑みを置くと 永倉さんは私の顔を覗き込んで言った。


「そう、ですか?」


 頬に手を当てて、隠すように微笑んでみる。すると、永倉さんは目を細めた。


「無理もない‥」

「‥‥」


 今、一瞬顔が強ばったのは気付かれなかっただろうか。肩が震えたのに気付かれなかっただろうか。
 “あの人”の名が出てくることを恐れたのを──感づかれなかっただろうか。



「‥薫ちゃん」

「は、い」

「君の生家は江戸だったね」

「?」


 永倉さんにそんな話をしたことがあっただろうか、なんてことを考える前に、何で今その話題が出るのかが分からなかった。


「あの‥?」

「療養にさ、帰るといいよ」


 何を言っているのか分からなくて、何を意味しているのかが分からなくて。只々、永倉さんの瞳を覗けば──‥何故だろう、瞬時に 理解した。


 これは、“警告”だ。


 怖いほどのその眼差しに射抜かれて、本能で理解した。
 真剣な眼差しは──永倉さんの“誠”を映していた。


「いいね、薫ちゃん」

「でも‥私、‥まだ‥っ藤堂さ
「いいね」


 強い語気。強い眼差し。
 静かな熱さが 伝わってくる。

 あぁ、この人だって 自分の“誠”と闘っているのだと。
 それでも此処へ来てくれたのは、永倉さんの優しい強さなのだと。
 すぐに理解出来なかった自分が嫌になった。



「‥‥ありがとうございます」





 それでも


 それでも、私は





 まだ“貴方”に伝えていない言葉があるのです。




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