《第十二輪》



 優しい木漏れ日が私達に降り注いでいた、温かな日々。貴方と結んだ小指。
 今でも鮮明に 思い出せる。


「じゃあ、京の町が落ち着いて、この国が平穏を取り戻した頃に」


 刀が必要のない時代が来たら


「薫ちゃんと舟に乗って、幸せを探しにいこうか」


 照れたように、それでも真っ直ぐに 貴方が言った言葉。

 ねぇ、忘れないよ。
 貴方の隣で感じた温もりと希望。

 いつか。そう、いつの日か。
 そんな幸せな日々が訪れることを信じて疑わなかった。

 ねぇ、忘れないよ。
 ねぇ、今でも信じてるんだよ。








 腫れた瞼を押し上げると、平生と何にも変わらない天井が瞳に映った。優しい記憶に縋りつきたくて、もう一度瞳を強く閉じると 一筋の涙が頬を伝って枕を濡らした。


 父の“仕事”で移り住んだ、京の町。慣れ親しんだこの家、店。主を失った家の天井を一睨みする。


「──薫‥」


 すっと襖を引く音がしてそちらを見遣ると、既に夜着から着替えたお祖母ちゃんがいた。──眉を顰めている。


「熱は?」

「もう大丈夫」

「そうか。でも、今日は‥」

「大丈夫。行くよ」

「いや、でも‥」

「もう逃げない。怯えて暮らすのは、もう嫌なの」


 きっぱり告げると、お祖母ちゃんは口を噤んだ。唇を噛み締めて、拳を握っている。


「あの馬鹿息子のせいで、薫まで‥」

「ううん。やめて、お祖母ちゃん。お父さんのことを悪く言うのは」


 再び噤まれる口。閉ざされる言葉。私は少しだけ笑顔をつくって見せた。


「行ってくる。ケリをつける為に」



 藤堂さん、貴方との未来を思い描く私が、潔白である為に。
 ──過去に決着を付けに。



「──いってきます」


 右手に握られた 貴方の残した片袖を、一層強く握りしめた。




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