《第十二輪》



いつか

そう、いつの日か


この海を越えて
一緒に行こう、と


君と笑いあったのは
遠い 温かな優しい日々








《第十二輪》








「私の実家は、江戸なんです」


 芽を出し葉を天に向かって伸ばし始めた“純”を軽く突っつくと、君はふんわりと笑って言った。


「そうなんだ。じゃあ、何で京へ上ってきたの?」

「あー‥、父の仕事で」



 悲しい表情で形だけ笑う君を見て、それ以上深いことは聞けなかった。

 少しの間黙っていると、君は俺の顔を覗き込んで 目と目が合うと いつもの笑顔を返してきた。


「江戸に本店を残して、京に出店したんです」


 結構儲かってたので、と 君は笑う。強がりながら(強くなりながら)。
 そんな君を見て、俺は笑い返す。気付かないフリをしながら(気遣いながら)。


「いつか行ってみたいな。薫ちゃんの生まれた場所。薫ちゃんの育った江戸の店」

「是非! 京の町が落ち着いたら、いつでも行きましょう」

「約束だよ?」

「ええ!」




 ねぇ、忘れないよ。君と絡めた小指の優しさ。

 いつか。そう、いつの日か。
 君と海を渡って、平穏の場所に行こうと誓ったこと。

 ねぇ、忘れないよ。
 忘れていない、けれど。

 ねぇ、
 平穏の場所に辿り着く 舟を、いつの間にか乗り逃してしまったのかな。









 気だるい瞼を押し上げる。甘く優しい夢から覚めるのは究極の苦痛で、思わずもう一度瞳を閉じようとするけれど 自分を叱咤して覚醒する。
 未だ見慣れない天井に一睨みして、体を起こした。

 慣れない。
 慣れたいとも思わない。

 それでも、自ら捨てた拠り所を懐かしむことも、悔やむこともしない。


 ──根無し草


 なんて最適で 悲しくて 潔い響き。
 空っぽの心に唯一ぴったり嵌る言葉だった。




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