《第二輪》




 店の前まで来て、あと一歩という所で歩みを止める。

──果たしてコレで許してもらえるのだろうか

 少し不安に思ったけれど、結局“男は度胸!”と開き直った。

──よし!

「“薫ちゃん”いますか!?」

 思い切って暖簾を捲り上げると、一瞬自分の目を疑った。

──えっ‥?

 暖簾の先に広がっていたのは、“辛気臭さ”を微塵も感じさせない店内。採光度を増した窓に、可愛らしい細工を施した卓上の布。昨日とは比べものにならない変容っぷりだった。

「あ、餡蜜頼んだ人だ」

 奥から顔を出した“薫ちゃん”の表情は、どこか“してやったり”な感じで、悪戯っぽい笑顔が憎らしい程可愛かった。

「どうです?」
「どう‥って」
「ちょっとは明るくなったでしょう?」

 得意気に笑む薫ちゃんとは反対に、俺は全身の血の気が引くのを感じた。

「本っ当にごめん!!!」
「へ?」
「俺昨日はどうかしてた!! あんなこと本当に思ってたわけじゃなくって‥! えっと、その‥!」

 とにかくごめんなさい、と平謝りしすぎて今にも土下座に突入しそう。情けないと思いつつも、それだけの事をやったのだから仕方がない。

「‥ふっ‥ 」
「?」

 彼女がどんな反応を示すのか予想するのも怖くて顔を上げられずにいたら、頭上で小さく息を噴き出したのが分かった。

「ふふふっ」
「‥はい?」

 恐る恐る頭を上げると、薫ちゃんは──笑っていた。

「笑ったりしてごめんなさい。山南さんが言ってた通りの人だなと思って」
「山南さん?」

 何の話だろうと思って首を傾げると、彼女は目を細めた。

「昨日あの後こちらにいらして、『口が悪いように思われてしまったかも知れないけど、根がどこまでも真っ直ぐなやつなんだ。きっと近い内にまた現れると思うから、その時は話を聞いてあげて欲しい』と。
 おっしゃっていた通り今度は真っ直ぐに謝りに来られたから、ホントだなと思って」

 笑っちゃいました、とはにかむ彼女を、虚を突かれた俺はぼおっと見ていた。  

「全然気にしてないですよ」
「えっ‥?」
「あ、“気にしてない”だとちょっと嘘かな。あの時はむっとしちゃいましたけど」
「え」

 そう言って彼女は少し悪戯っぽく笑ってみせてから、少し屈み、低腰の俺と視線を合わせた。

「見て下さい。お客さん、ちょっと増えたんですよ」

 ほら、と言って薫ちゃんが示す店内を見ると、確かに昨日より客で賑わっていた。

「あなたのお陰です」
「えっ‥!?」
「昨日の一言で気付いたんです。お店の雰囲気に。新鮮さが足りなかったんですねぇ」

 そう言ってとても満足げに笑む薫ちゃんに、申し訳なく感じた。

──俺は酷い事を言ったのに

 でも、俺の口が言葉を紡ぐ前に薫ちゃんは満開の笑顔でそれを塞いだ。
 どうやら俺は、彼女の笑顔に弱いらしい。

「悪い方に捉えるよりも、その一つの事から二つ以上の幸福を探した方が、良いと思いません?」

 目からウロコが五・六枚落ちた感じ。どっかの偉い坊さんの話なんかより、よっぽど胸を打たれた。
 ありがとう、の気持ちを込めて微笑い返すと、薫ちゃんは照れくさそうに笑った。
 その再びの笑顔に、今度は別の意味で胸を打たれた。

──ヤバい‥


「‥んと、じゃあさ、一つは店の繁盛だとして、もう一つは?」

 平静を装う為に話を戻すと、薫ちゃんは少し顔を赤らめた。

「‥お店が繁盛したことと、‥‥‥貴方がまたお店に来て下さった事です」

 さっきまでの軽快な会話はどこへやら。恥ずかしそうに語尾を小さくする薫ちゃんに、俺の中で抱き締めたい衝動が生まれる。

──ヤバいって‥!


「そ、そうだ!これ!」

 なんとか誤魔化す為に、忘れかけていた(本来の目的の筈だった)モノを差し出した。

「“ごめんね”を込めて。受け取ってくれる?」

 差し出した“花束”に、薫ちゃんは一瞬目を丸くした。
 そっと花に手を添えて受け取ると、薫ちゃんはそれに見入って‥、顔を上げた。

「ありがとうございます」

 返してくれたのは満開の笑顔。
 あぁ、やっぱり駄目だ。脈拍数上昇、動悸が可笑しなくらい激しくて熱もあるようです。これはもしや───

「そうだ。お名前、聞いてなかったですね。私の事はもうご存知のようですけれど、改めて。私は薫と申します」

 いわゆる──

「‥藤堂平助、デス」


 恋?





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