《第九輪》




 嫌な雨が降る日だった。全てを攫っていくような風が吹き荒れて、怖い、夜だった。


 何故か胸騒ぎがして、どうしようもない不安に駆られて、私は一つの冊子に手を伸ばした。
 開いた所から現れたのは、純白の大きな花弁。お祖母ちゃんに聞いて試してみた押し花だ。
 藤堂さんとの時間と気持ちを閉じ込め守っているような白い存在を手に取ると、祈るように目を閉じた。

(一体何を、祈るというのか)


 前までは仄かに香っていた優しい白百合の香りが、いつの間にか薄れていて、──焦る気持ちに、不安が膨れ上がった。

 拭えない不安が怖くて、何かしないといられなくて、私は思わず膝を抱え込んだ。


 ドンドン、と 鎧戸が叩かれる音がする。

 分かっている、彼じゃないことぐらい。

 それでも、そう願わずにはいられなくて、今 会いに来て欲しくて、勝手な想像で彼の存在を自分の隣に補完した。



 ドンドン。
 全てを攫っていくような恐ろしい風が、何かを訴えるかのように鎧戸を叩く。



──“純”‥



 頭の中に駆け巡った映像に、息を飲んだ。






― ― ― ―




 大丈夫。すぐ戻るから。

 そう自分に言い聞かせるのに、胸が不安で締め付けられる。手が、震える。

 ついこの間、深夜の街に繰り出したばかりだというのに。──貴方が傍にいない。それだけで町は表情を変え、心臓は鼓動を速めた。

 この前は一切感じなかった不安が、胸の中を掻き乱す。

──お願い、この手を引いて‥

 訳の分からない不安に、声を殺して貴方の名前を呼んだ。何度も、何度も。





― ― ― ―




 雨を凌ぐ為に持ってきた蛇の目傘の下から、そっと世界を覗く。
 肌を刺すような寒さが支配する季節だから、嘗ては色彩豊かに賑わっていた河川敷も、今は静まり返っている。
 その中で、空に向かって凛と聳え立つ、一輪の白。

 風にも負けず凛と立っている“純”を見て、思わず瞼の奥が熱を帯びた。


「“じゅ‥」


 小さな、それでも力強い命に縋りつこうとした、その時だった。
 蛇の目傘の下から覗き見た世界の中に──小さな存在が



 ──貴方が、いた。



 膝を抱え込んで、小さく、小さく、身を守るように縮こまる貴方の背は、今にも消えてしまいそうだった。

 今まで見たことがない、小さな貴方が、そこにはいた。



「とー‥ど‥、さん‥?」



 触れてしまえば今にも壊れてしまいそうで、私は貴方の名を呼ぶことしか出来なかった。




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