《第九輪》
どうしてかな
どうしてだろ
触れることさえ恐れたその手を
君の手を 掴めると思ったのに
その手を引いて行けると思ったのに
君の手を離したのは
俺の方だった
《花、時々キミ/第九輪》
突然、だった。
予感なんて感じる前に、(嫌な予感なんて、気づかないフリをしていたら)、ソレは、起こった。
優しい人が、いなくなった。
「ねぇ 近藤さん、捜索隊なんて必要ないですよ‥! あの人 結構フラフラどこか行っちゃうじゃないですか。今日明日にでも帰ってきますよ。
でなきゃ理由も無しに出て行くなんて有り得‥」
「平助」
新八っつぁんに窘められて、思わず言葉に詰まった。
嫌だ。駄目だよ。何とかしなきゃ。この場を、何とか。あの人が帰ってくる場所を、守っていなきゃ。
早く次の言葉を探そうとするのに、どうしてだろう。見つからない。あんたを守る言葉が、見つからない。
──なんて、無力。
「‥とにかくだ、皆、今はサンナンを信じるしかあるまい‥っ」
何で、だよ。
叫んだ。誰にも聞こえない悲鳴を上げて、泣き叫んだ。──心の中で。
お願い。帰ってきて。置いていかないで。
餓鬼みたいなことを、泣き叫び続けていた。
ねぇ、何で出て行っちゃったの? そんなに“此処”が嫌になった? そんなに“此処”はどうしようもない、救いの無い場所だった?
俺は必死な、いっそ痛切なまでの信念抱えながら、それでもあんたが居てくれたからやって来れたんだ。
ねぇ、分かってる? 返すモノが見つからないから、俺はあんたの“重り”になろうとしてたこと。ともすればあんたは壊れてしまいそうだったから、あんたのこと頼ってる存在がいるんだって分かってもらえれば 「捨てられない」って思って立っていてくれると思ったから、俺はあんたの“重り”になりたかったんだ。
でも、駄目だったのかな。俺はあんたの“重り”になれるような存在じゃなかった? 俺は、あんたの力になれなかった?
ねぇ、答えてよ。
知ってたけれど。
この世界に比べれば、自分の存在なんてちっぽけなことぐらい。──ちっぽけな俺が、だだっ広い世界の中に逃げ込んだあんたを見つけ出せないことぐらい。
でも、探さずにはいられなかった。飛び出さずにはいられなかった。走らずにはいられなかった。
息が止まりそうになるぐらい、胸が張り裂けそうになるぐらい、必死にあんたを探すけど。大きな痛みの代償は得られずに、胸にぐじゃぐじゃした重りと闇だけ残していく。
体に冷たく打ち付ける雨は、いっそ慰めてくれているみたいで、あの人の大きな手を彷彿とさせて───涙が止まらなかった。
昨日は微かに漂っていた白百合の香りが、雨の中に消えていった。
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