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《第八輪》




 ゆっくりとした動作だった。
 少しだけ腕に込める力を緩めて、顔を上げる。そして、ゆっくりと 瞼を上げた。


「‥‥‥」


 瞳と瞳が恐ろしい程近くで合っているのに、彼女は全く反応を示さない。


「‥‥‥」

「‥‥えっと、‥オハヨウ?薫ちゃん」


 にへら、と笑ってみせると 彼女の瞳が、みるみるうちに大きく見開かれていく。その様子が少し、可笑しかった。


「っ‥!!? とっとと藤堂さん‥っ!!?」


 今度はみるみるうちに顔が真っ赤になって、口をパクパク。可愛すぎてどうしよう。


「嘘‥っ!やだ私寝ぼけて‥っ!!」


 ごめんなさい!
 そう言ってすぐさま離れようとする彼女の手を取って、思わず俺は 今度は自分の腕の中に彼女を収めてしまった。


「‥良いんだ」

「‥藤堂さん?」

「ありがとう」


 込み上げる熱いモノを誤魔化すように 腕に込める力を強めると、薫ちゃんは困惑して固まりつつも、応えるように 背中に手を回してくれた。


「どうしたんです? 何か、今日は甘えたですね」

「へへ」


 どうやって君に説明すればいいだろう。この気持ちを。どうやって、伝えよう。
 一瞬で伝えてしまう“言葉”を、知っているけれど。知っているけれど、まだあと少しだけは、この気持ちを胸の中でいっぱいにしていたかった。




「そうだ!“純”!!」


 もぞもぞと腕の中で動き出すもんだから、そっと解放してやると、薫ちゃんは“純”に一瞥をくれてから、瞳を輝かせて此方を向いた。


「蕾!」


 満開の笑顔に、思わず顔が綻んだ。俺も薫ちゃんに倣って“純”を見遣る。
 美しく成長した“純”は、蕾を つけていた。今にも花開きそうに見えて、少しじれったい。


「あともう少しですね!」

「うん」


 また、“純”が芽吹いた時に感じた優しさと温かさが胸の中に広がって、俺はそっと“純”に手を差し伸べて、触れた。

 感じない筈の温かさを、感じたような気がした。



「‥しっかり、咲けよ」


 そうしたら、俺も、しっかりするから。ちゃんと、言うから。
 そう誓いを胸に刻み込むと、“純”は風を受けてそっと靡いた。

 まだ花開かぬ白百合の仄かな香りが、風に乗って通り抜けた。


 少し微笑んで、薫ちゃんの手のひらに自分の手を重ねると、彼女は一瞬此方を見遣って、それから視線を逸らすと 頬を赤く染めた。
 夕陽に紛れて見えないことに しておく。暫く、目に焼き付けておきたかったから。

 夕陽を浴びた“純”の蕾と、満開に咲く君の笑顔。目を閉じても、鮮明に分かるように。

(瞳を閉じると、白百合の仄かな香りが鼻腔を擽って、幸せな気持ちは 胸の中に染み渡るようにして残った。)


 溢れる気持ちと 繋いだ手のひらの温もりが、愛おしかった。





 如月の、廿日のことだった。






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とうとう‥“あの日”がやってきます。。
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