《第八輪》



 胸が張り裂けるようだ。喉が焼き付くような感じがして、体中が熱を発してる。

(生きてるから)

 唐突に思った事が、何故か可笑しかった。



 ようやく足を止める場所まで来て、息を調えることも忘れ、夕陽をいっぱい浴びた花畑へと視線を投げ出した。


(──やっぱ‥り‥)


 君は、いた。
 美しく成長した“純”に寄り添うように。


「薫ちゃ‥!」


 考えるより先にその名前を呼びそうになって、ハタと止めた。

──彼女が、眠っていたから。


「──‥‥ふ」


 無邪気な寝顔に、思わず笑みが零れた。それ程待たせてしまったことに罪悪感を抱きつつ、それでも、笑みが抑えきれない。


「薫ちゃん」


 それでも、このままでは風邪をひいてしまう。少し申し訳なく感じつつ、彼女の名を読んだ。


「薫ちゃん」


 囁くようにその名を呼んで、そっと揺り起こそうとした、その時。
 彼女に触れようとした手が、震えた。



──触レラレナイ
──触レテハイケナイ



 綺麗な彼女に、俺の手は、触れられない。

 拒絶。

 怖い。怖い。怖い。
 だって、俺は。俺は。


 頭の中が沸騰するような、ともすれば凍り付いたような感覚に襲われて、手が震える。
 触れようとした手が、行き場を無くして空を掴む。

 また、鼻腔がツンとし始めた。その時だった。





「‥大丈夫」




 温かな腕に、包まれた。
 温かな、存在に、包まれた。



「私は、“此処”に、いるよ」



 優しく、優しく。酷く優しいのに、それでも力強く抱き締めて、彼女は囁いた。
 俺が触れることの出来なかったその腕で、俺を包み込む。



「待ってるよ。私は、ずっと、あなたを‥」



 触れることを許されない筈だった腕で、優しく俺を抱き締める。
 慈しむように、愛おしむように、優しく。君は



「だから、泣かないで」



 その存在全てで、包み込む。





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