《第八輪》



 霞む景色の中に、何かが響いていた。微かに耳に届くのは──嗚咽。
 誰かが、泣いている。

 どうしたの?どこにいるの?

 投げ掛けた問いに、静かに答える声があった。



《此処に、いるよ》



 確かに私の前に、少年がいた。

 そうね、此処に、いたんだね。じゃあ、どうして泣いているの?



《行きたい所があるんだ》



 泣きながら、それでもはっきりと少年は告げた。

 じゃあ、迷子じゃないんだね。“居場所”があるのね。

 少年はコクリと頷いて、それでも悲しそうな瞳を私に向けた。



《でも、遠くて。“此処”に帰って来られなくなってしまいそうで、“此処”を失ってしまいそうで》


 怖いんだ。
 大粒の涙と共に、少年は呟いた。




 少年が流す大粒の涙が私の手に落ちてくる度に、胸が締め付けられる思いがして。私は堪えきれなくなって、そっと、彼を抱き締めた。



「‥大丈夫」



 言い聞かせるように、宥めるように、優しく、言う。



「私は、“此処”に、いるよ」



 確かに腕の中にある温かな存在を確かめて、私は囁く。



「待ってるよ。私は、あなたを、ずっと‥」



 だから、泣かないで。

 想いの強さの丈、腕に込める力を強めた。




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