《第七輪》
結局、どちらも折れない形で日が暮れてしまった。
お祖母ちゃんが言うことも尤もで、藤堂さんにせめて理由を明かすように説得するも、藤堂さんは藤堂さんで決して明かそうともしない。
『だって、びっくりさせたいんだ』
一体何をしようとしているのだろう。以前夏に同じ頼みをしたときは「蛍を見に行きたい!」ということだったけれど。
『待ってて。絶対に連れていってみせるから』
悪戯っぽい笑顔を見せてそんな事を言うものだから、つい顔が綻んで頷いてしまった。
‥実を言うと、内心とてもワクワクしていて、いつもより心臓が早鐘を打っている。
でも、寝ずに待ってみたものの、もうすぐ丑の刻になろうとしているというのに、一向に藤堂さんは姿を現さない。
(「もう今日は諦めちゃったのかな‥」)
お祖母ちゃんももうとっくに眠ってしまった。私もそろそろ布団に入ろうかなと思い始め、行灯の火を消そうとした、その時だった。
〈カサッ‥‥〉
何かが、格子窓から投げ入れられた。突然の出来事に、思わず声をあげそうになるけれど、なんとか抑えた。おっかなびっくりしながら“それ”に手を伸ばすと、暗がりの中で“それ”が何なのかが分かった。
「手紙‥!」
慌てて広げると、少し不器用で、でも繊細な文字が並んでいた。
『純を、見に行こう』
見た瞬間、弾かれたように部屋を飛び出した。
物音を立てちゃダメだとか、外は寒いかもだとか、考えている余裕はなかった。
ただ、前へ 進んでいた。
「‥!」
店の前に、提灯の明かりが小さく灯っていて、貴方はそこにいた。
「遅くなってごめんね」
そう言って、藤堂さんは笑いかける。
(貴方は私がその笑顔に弱いことを知っているのだろうか)
「一緒に行って頂けますか?」
恭しく礼をして手を差し出すと、藤堂さんは私の瞳を真っ直ぐに見て言った。
なんだか少し くすぐったくて、頬が赤くなるのを感じた。
「はい‥!」
私達は、走り出した。
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