《第六.五輪》



 握られた手に気を取られ、そこに全神経が集中してしまって──頭は逆上せているようだった。強気で自ら手を取ったのに、本当は内心ドキドキだったから。

(なんて小心者なんだ!)

 それでもこのドキドキは何処か心地よくて、堪らなく幸せで──俺は思わず握る手のひらに力を込めた。すると薫ちゃんは一瞬少し驚いたような表情をして、でも 答えるようにキュッと握り返してくれた。

(どうしよう、可愛すぎる‥!)

 どうしよう。俺、“幸せ死”するかも。



 逆上せた頭でそんな事を考えていると、慣れ親しんだ香りが鼻を掠め、ハッとした。

 “花畑”だ。




――――



「到着ー!」


 “花畑”に着くと、香りがいっぱい溢れていた。それはお互いが競い合うようにキツい香りを発しているのではなく、響き合うように身を寄せ合っているようにすら思えた。
 すごく、心地いい。


「“純”も元気だな」

「えぇ」


 若葉を天に向けて精一杯伸ばしている。その力強さにはいつも勇気づけられる。

──そうか、あの時からだ。

 “純”が芽吹いたあの時から、俺は生花をこの手で摘めなくなった。

(“刀”は平気で手に取るクセにね)

 矛盾だらけに思われるかもしれないけれど。それでも、俺にはどうしても“百合”を手折れなかった。俺は“百合”を彼女に贈れなかった。他の二人はそれぞれの花を持ち寄れたのに。

 だから俺は、せめても ありったけの気持ちを込めて抱き締めたわけだけど、

 だけど、


「俺の抱擁が何になるっていうんだーっ!」

「へっ?」


 そう、まさかあの抱擁だけで済ませようだなんて考えてはいない! だってそれじゃあ寧ろ俺の方が得をしてしまうじゃないか。
 彼女を俺のウジウジに巻き込む訳にはいかない!ので、思いついたこと。


“植木屋さんに頼む”


 ‥“単純”とか言わない。楽してるとか言わない。


 だからこそ、この花束に、ありったけの愛を込めるのだから!



「薫ちゃん!」

「はい?」


 ばっと薫ちゃんの方を向くと、キョトンとした瞳と目が合った。
 あぁもう可愛いなぁ。

 ‥じゃなくて。


「俺からの贈り物、受け取って欲しいんだ」

「えっ?でもさっき‥」


 頂きましたよ?と薫ちゃんが言う前に、俺はクスリと笑って彼女の目の前にソレを差し出して、言葉を遮った。


「はい!乙女桔梗!」


 思わず零れる笑顔で差し出す、と、目を丸くした君は暫くそれに魅入ると、じれったいほどゆっくりとした動作で受け取って、それから、大量の乙女桔梗の花を顔に押し付けるぐらい抱き寄せた。そして溢れる満開の笑顔。

 あぁそうか。俺はこの笑顔が堪らなく好きなんだ。

 君が笑ってくれる、それだけで、俺は堪らなく幸せになれるから。


「あと、雪柳の花に、寒菊に、蓮華草‥」


 ねぇ、自惚れてもいいかな。
 君のその笑顔も、“幸せ”だからだと。喩え僅かでも、微かでも、俺といるこの時の間に“幸せ”を感じてくれていると。
 ねぇ、君はいつも溢れるような笑顔を見せてくれるから、勘違いしてしまうよ。勘違いしているのかと、不安になってしまうよ。


──でも


「藤の花と‥」


 でも、少なくとも。


「山梔子の花」


 君が笑顔でいてくれる時は、少なくとも、“幸せじゃない訳は無い”んじゃないかな、なんて。巡り巡った思考を総括して。
 恵まれた今を逃さない為に。大切にする為に。
 溢れる気持ちを君に伝えたい。

 君の笑顔を守りたい。
 君の笑顔が見たい。

 君の隣で笑っていたい。



「で、最後はー‥」

「と、藤堂さん藤堂さん!」

「ん?」


 我に返って顔を上げ薫ちゃんの方を見ると──俺が矢継ぎ早に捧げた花々によって、すっかり薫ちゃんの顔は埋もれてしまっていた。
 花に埋もれて慌てている薫ちゃんが 何だか可愛くて。思わず笑みを零すと、また 幸せを感じた。

 彼女の細い腕には収まりきらなくなった花々を受け取って 彼女を救出する。花々の中から覗かせた君の顔は、真っ赤。

(ほら、君のその表情一つ見るだけで俺は幸せになれる。)

 顔赤いよ?なんて、意地悪をしてその理由を聞こうかとも思ったけど──何だか幸せだから、いいや。


「ははっ、ごめんごめん、これで最後だから」

「これ‥は?」


 最後に贈ったのは、恐らく彼女が今まで見たことがない花。俺も初めて見た。


「これはね、蘭国の花」

「輸入品、ですか?」

「そう。“あんしやべる”って言うんだって」


 桃色で柔らかな香りがして、どこか撫子の花に似ている“あんしやべる”を差し出すと、君はゆっくりとそれを受け取って


「‥素敵‥」


 それで、やっぱり 俺の大好きな笑顔を見せてくれるんだ。





「こんなにいっぱいの花‥貰ったことないです‥!」

「へへ、ちょっと張り切りすぎちゃった」


 でも、君への想いを込めると これぐらいにはなるんだよ。これでも足りないくらいだ。

 そんなことを考えていると、君は少し俯いた。


「どうしよう‥藤堂さん」

「ん?」


 俯いた君が、消え入るような声で、言った。



「‥幸せすぎて、死んじゃいそう」



 顔を上げた君は、やっぱり真っ赤で。
 それを隠すかのように、君は優しく微笑んだ。

 そんな笑顔を見せてくれるもんだから、ほら、俺の心臓壊れちゃいそうじゃん。





『記憶って、五感と共に蓄積されるんだそうです』
『その中でも、香りっていうのは強く関わっていて――』



 いつか君が言った言葉が心に響いた。


「――ほら、“香りは記憶に残る”んでしょ?」

「? えぇ」

「だったら」


 脇に避けていた花束を二人の間に置いて、君の目を真っ直ぐに見る。
 一層速くなる鼓動は、いっそ心地よくて。もしかしたら俺も真っ赤になっていたかもしれないけれど、お互い様だから、いいや。
 合わせた瞳は逸らさずに、真っ直ぐに、言った。



「今日のこの瞬間の“幸せ”が、俺の贈るこの“香り”と共に、記憶に残ってくれますように。」


 どうか幸せであって、と。


「誕生日おめでとう」


 そして願わくば、俺の隣で、と。


 ありったけの想いと共に、花束に祈りを込めて

 君に贈るよ。



「ありがとう。藤堂さん」


 俺の大好きな君の笑顔と、花々の香りが、幸せな気持ちと共に俺の心に染み渡っていった。







『感謝しています』

『愛らしく』て
『けなげ』で
『俺の苦しみを和らげる』

君に出会えたこと


ねぇ どうしようもないくらい
『君に夢中』なんだ


ねぇ どうしようもないくらい
『幸せ』だよ


どうか、この気持ちを受け取って


『君を熱愛しています』




(END)



――――
甘々目指しました‥っ!(ぜーはー)(息切れ)
“あんしやべる”はカーネーションのことです。江戸時代から輸入されてたのだとか 云々。
花言葉いっぱい調べつくしましたとも…!

――――
3/3ページ
スキ