《第六.五輪》



「――で、何でお店にいらしたんですか?」

「おぉ! よくぞ聞いてくれました!」


 復活した藤堂さんは瞳を輝かせて笑顔になると、永倉さんと原田さんと顔を見合わせてしゃがみ込み、何かを準備し始めた。


「? 何をやって‥」


 いるんですか?と訊こうとした瞬間、永倉さんがすっくと立ち上がって、私の方へ何かを差し出した。

(──花‥?)


「立てば“芍薬”!!」


 爽やかな笑顔と共に差し出されたのは、大輪の芍薬の花。


「座れば“牡丹”!」


 膝を付いて原田さんが差し出してきたのは、見事な牡丹の花。


「歩く姿は‥──」


 二人の行動に面食らっていると、ゆっくり藤堂さんが歩み寄って来て、満開の笑顔で両腕を広げた。


「“百合”の花!!」


 ガバッ

 本日二度目の抱擁。


「誕生日おめでとう!!」


 折角治まっていた熱が一気に沸点を超えて──頭が煙を上げた。

 あぁもう、ちょっと、私の心臓壊す気ですか‥っ!

 頭は混乱してささやかな反発をするけれど、やっぱり心と体は素直で。抱かれる腕に甘んじていた。(※ここは往来)


 だって、誕生日を覚えてくれていたのも嬉しかったけど‥何より、やっぱりこの人の腕の中は 心地いいんだ。
 何故か安心して、この温もりの中、そっと、睫を伏せた。

 が、


「色惚け殺し!」
「痛いっ!」


 これまた本日二度目のハリセンを食らうと、藤堂さんは頭を押さえて 涙目で永倉さんの方を睨んだ。


「何だよ新八っつぁん! ちゃんと抜け駆けせずに三人で来たんだからこれぐらいいいじゃん!」

「時と場所を弁えろ馬鹿へー!!」


 そんな藤堂さんと永倉さんの言い争いを尻目に、私はたった今豪快な演出と共に贈られた花を見た。可憐な芍薬に、色鮮やかな牡丹。あまりに綺麗で、思わず笑みが零れた。

 すると、それを見られたのか、藤堂さんと永倉さんは口論を止めて目を見合わせて、優しい笑顔を見せてくれた。


「芍薬の花言葉はね、『はにかみ』」

「牡丹の花言葉は『富貴』だ!」

「それで、百合の花言葉は『純粋』。薫ちゃんにぴったりでしょ?」


 そう笑顔で言うと、藤堂さんは芍薬の花を私の髪に挿して、一層柔らかく笑んだ。


「俺達からのささやかな贈り物。受け取ってくれる?」


 照れくさそうに笑んで、藤堂さんは窺うように首を傾けた。
 もう一度手元にある牡丹を見遣って、三人の笑顔を見て──私は幸せな気持ちで胸がいっぱいになった。


「はい‥っ! ありがとうございます!」


 力一杯肯定すると、藤堂さんは満足そうに目を細めて笑った。







「さて、と。帰るよ左之」

「えぇーっ!」


 まだ宴はこれからだろ!とでも言いたげな原田さんの頭を小突くと、永倉さんは私の方を向いて優しく笑んだ。


「平助に良い思いさせるのは癪だけど──薫ちゃんの表情見る限り、どうやら平助といるのが一番の贈り物みたいだからね」

「えっ」

「邪魔者は退散退散!」


 悪戯っぽく笑って、『先帰ってるぞー』と言い捨てると、永倉さんは原田さんの背中を押して足早に去っていった。




「‥‥」

「‥‥」

「‥‥えーっと‥」


 取り残された私達はもちろん二人きりな訳で。目を見合わせると、藤堂さんは照れくさそうに笑った。


「んーっと‥、まぁ、行こうか、“純”のトコロにでも」

「はい!」

「‥‥‥ん」


 一瞬逡巡した後、思い切ったように手が差し出される。大きくて、優しそうな手だった。


「えっ?」


 けれど、予想していなかった出来事であったのと、再び一瞬にして体の中を駆け巡った熱のせいで 反応が一拍遅れた。
 でもその一拍は決して拒絶とか躊躇いとかではないのだと慌てて言い繕おうとして 顔を上げると、藤堂さんの目と目が合った。
 と、藤堂さんはクスリと笑って、強引に私の手を攫い 握り締め、力強く手を引き駆け出した。


「行こう!」


 躊躇いもなく握られた手のひらが熱くて、力強く私の手を引く藤堂さんの手のひらが熱くて、──嬉しくなって 私は喜びを噛みしめるように笑みを零した。




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