《第六輪》
強い相手にも臆さない。
逃げない。
退かない。
志を掲げ、死をも厭わない。
「──後ろ傷は、武士の恥‥」
唱えて、指折り数えるとキリがない。意地の数。
「そんな生き物なんだ、武士って」
だから仕方ないのだと、暗に彼女に訴えかけると 彼女は瞳に涙を溜めた。今にも泣いてしまいそうな彼女の顔を見ていられなくて、目を逸らしてしまいたかった。
(けれど、逸らせない)
(逸らしたくない)
すると、彼女の方から瞳を逸らした。
思いがけない出来事に彼女の表情を目で追うと、苦しそうな声が 絞り出された。
「‥‥私の父は‥、志を通して、死にました」
え、と 問い直すことも出来なかった。ポタリと俺の手に雫が落ちてきたから。──勿論俺のものではない。
「何故、“武士”は逃げてはいけないんですか‥。後ろ傷を負ったって、敵から逃げたって‥‥──生きていてくれさえすれば、何だって‥っ」
“武士”なんて、大嫌い、と か細い声で呟く彼女は、華奢な肩を震わせて また一粒涙を零した。
────
夕陽が傾く。あぁ、彼女を送りに行かなければ、と思う。
──彼女を何処かへ連れ去ってしまいたいと思う。
混在する矛盾した願望が胸を支配して、俺を苦しめる。
「──‥薫ちゃん」
「‥‥っ」
名を呼んで その手を取ると、彼女は睫を濡らした瞳を此方に向けた。
「‥ごめんね」
「‥っ」
分かったよ、とは言えない。嘘になる。
“武士”の自尊心とは、それ程だった。
そして、否とも応とも答えない。
俺自身の“弱さ”。
(募る罪悪感に、締め付けられる)
「ごめ‥──‥っ!?」
罪から逃げる為の言葉を再び放とうとした時、彼女の瞳に射抜かれた。有無を告げることも許されないような澄んだ瞳に、あまりにも魅せられて──罪悪感は終わりを告げた。
「藤堂さん」
君に呼ばれるこの名が、愛おしくて離したくなくて。胸の中にストンと落ちてきた。
(なんて酷い我が儘)
だからかな。君が囁いた言葉が、呪文のように俺の頭に胸に染み渡ったのは。
「それなら、命も志と等しく大切だ、と」
言って下さい。
涙で濡れた瞳を細めて、彼女は笑った。
沈む夕陽を背に、君に誓った。言葉にはならない誓いを、君の瞼に落とす。
重なった瞳が、くすぐったくて。握り締めた掌を、一層強く固く結んだ。
君と共に生きていきたいと願う気持ちと
志に全てを捧げたいと思う気持ち
矛盾して 共存出来ないと諦めるのではなく
この平行線がいつか交わると信じて
その先に答えがあると信じた
――――
信念を捨てろなんて言えない。それは、彼等の生の否定を意味するから。
でも、『生きて欲しい』という気持ちは、『生きたい』という気持ちは、誰しもの心にある“リアル”な筈だと思うから。
――――