《第五.五輪》
「やぁ薫くん、久しぶりだね。元気でやっていたかい?」
「はい!山南さんもお変わりないようでよかったです」
「ありがとう」
のほほんとした挨拶をしてから座った山南さんの隣に、俺も腰掛ける。
菫が可愛らしく生けられた卓だった。
「店の中も、随分明るくて可愛らしくなったものだね」
山南さんが笑顔で呟いた言葉に、一瞬ヒヤリとした。
「やっぱりそう思います?」
「あぁ。良い店になった」
「良かった! 藤堂さんのおかげです」
もう、“ヒヤリ”どころの騒ぎじゃない。冷や汗ダラダラ。視線を泳がせるしかない。
何故なら、今日は山南さんだけじゃないから。
容赦ないような突っ込み担当がいるから。
嫌な予感をひしひしと感じていると、案の定、もう一人の来訪者が不敵に笑って、目を輝かせた。
「聞いた聞いた!酷いこと言うよネ~、平助も」
さすが突っ込み担当‥! スキを見逃さず突っ込みを入れるってか? 今日ばかりは誉められないけれども!
「こいつ口悪いからさぁ~。他に何か言われてない!? 何かあったらすぐに教えてネ!?」
「えっ? いえ、そんな」
「本当イヤになるよねー、悪意がないだけに更にタチ悪いっていうか。何て言ったんだっけ? 確か‥むがっ」
「新八っつぁん!!!」
もうやめてくれとばかりにその口を塞いだ。
折角忘れ去りかけてた過去の失態を掘り起こすなんて!
傷を抉られた俺の繊細な心の代償に、口と言わず鼻まで塞いでやると、流石に静かになった。
「いや!俺全然口悪くないですよね!山南さん!」
「むがむぁー!」
(「嘘つけー!!」)
抵抗する新八っつぁんを押さえつつ山南さんに助けを求めると、山南さんは笑っているばかり。
お願い、うんと言って。
これ以上塞いでいると流石に新八っつぁんを殺しかねない、けど、まだ弁明が出来てないから離したくない‥!
新八っつぁんが一歩一歩天国への階段を上るより先に何とか弁明しようと言葉を探していると──思わぬ所から救いの手が差し伸べられた。
「くっ‥ふっ、あはははっ」
「へ?」
お腹を抱えて笑い始めた薫ちゃんに、俺は拍子抜けしてしまった。(ついでに新八っつぁんは三途の川から帰ってきた)
「‥っげほっげほっ!! 平助てめぇ川の向こうで祖母ちゃんが激しく手招きしてたぞコノヤロゥ!!」
「おぉ、祖母ちゃん元気だった?」
「あ、うん。久々に会ったけど元気そうで──って違うだろ!!」
「あはははっ」
新八っつぁんの逆襲に会って今度は俺の方がお祖父ちゃんとコンニチハしそうになっていると、更に薫ちゃんは笑った。
「すごく仲がよろしいんですね」
笑いを抑えて息を鎮め 、いつもの笑顔で微笑む。俺は言うまでもなく、新八っつぁんまで動きを止めた。
「藤堂さんは口が悪いんじゃなくて、思ったことを素直に言ってしまうんですよ、きっと」
それで、と息をついて、彼女は最上級の笑顔を見せた。
「それは、周りに ありのままを受け止めてくれる人がいるからなんですね。だから藤堂さんの言葉には偽りがなくて、」
真っ直ぐなんだ。
照れ隠しに笑い、最後の方は小さく囁くような声だった。
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