《第五輪》




「あ゙ー‥、情けなっ」


 高ぶった感情が一段落すると、俺は袖で顔を押さえ そう呟いた。


「情けなくなんか、ないですよ」

「嘘だぁ~」

「だって、藤堂さんが優しいっていう証拠ですもの」


 にっこり笑う薫ちゃん。
 俺は、赤面。

 いつもは俺の方が 顔を赤くした薫ちゃんを見て楽しんでいるのに、立場逆転。


「顔 真っ赤ですよっ、藤堂さん」

「やーめーてー!」


 君のその笑顔のせいでもあるんだから!








 ひょっこり顔を出している新芽に、軽く水をやる。最近あまり雨が降っていなかったから。


「ねぇ、藤堂さん?」

「ん?」


 少し濡れた手を適当に袖やら何やらで拭いていると、薫ちゃんが満面の笑みで話し掛けてきた。


「名前!付けませんか?」

「へっ?」


 何に?と訊ねると、「この新芽に」と、目を輝かせて答えられた。
 少し突飛な提案に、思わず笑った。


「あ!馬鹿にしちゃ嫌ですよ!? 重要なことなんですから」

「名前が?」

「そう。名前が」


 好奇の目が、優しい色に変わって。彼女は視線を新芽に注いだ。


「生まれた時 名前を貰うのって、意味あることですよ」

「そうなの?」

「はい! 私や藤堂さんの名前にも意味が在るように」


 そう言うと、薫ちゃんは地面に自分の名前と俺の名前を書き始めた。


「薫ちゃんの名前は、どういう意味?」

「私、ですか?」


 書き終えた自分の名前を眺めると、くすぐったそうに彼女は笑った。


「記憶って、五感と共に蓄積されるんだそうです」

「うん?」

「その中でも、香りっていうのは強く関わっていて。──ほら、生まれ育った家の匂いに似てる香りとかを嗅ぐと 家が懐かしまれたりするでしょう? あんな感じに。
 それで、私の両親は『この子に出逢った全ての人々が、幸福な気持ちや思い出を その名を呼ぶ度思い出せますように』っていう願いを込めて“薫”、と名付けたそうです」






 へへっ、と、照れ隠しに笑う彼女が、あまりに魅力的で。──今という時間が、幸せで。大切で。
 鼻を掠めた花々の香りが、さっきの温かさと優しさを想起させて。

 あぁ、これが 君なのだと。
 これが、君という存在なのだと。



「“薫”‥‥、良い名前だ」



 溢れた笑みを彼女に向ければ、その頬は真っ赤に染まった。
 そして返してくるのは 俺の大好きな笑顔。


「ありがとうございます」


 ほら、その笑顔が見たいから。俺は君の名前を何度も呼ぶよ。




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