《序章》
「あれ、藤堂さん‥?」
懐かしい声に、愛おしい声に、心臓が一瞬 張り裂ける程に鼓動を速めた。
《花、時々キミ》
秋が過ぎようとしていた。寒さが強くなってきて、外に出るのも嫌になるような外気温。
普通は春が来るのを心待ちにして冬を過ごすんだろうけど
──冬を越せるとも思えない
何となくそう思った。
「‥‥怠い‥」
京都の町を当て処なく歩く。そんなのしょっちゅうで、最近の日課だといえば日課なのかもしれないけれど、別にやらずにはいられない訳でもないから、違うのだろう。
──なんて中途半端
でもそんな事はどうでもよかった。何もかもが面倒くさかった。
そんな時だ。いきなり聞き覚えのある声で──あまりにも耳に馴染んだ声で──後ろから呼び止められたのは。
「──あれ、藤堂さん‥?」
声を聞いた瞬間、心臓が強く脈打った。こんな動揺は久しぶりで、心臓が壊れてしまうのではないかと思った。
「藤堂さん‥ですよね‥!? 私、表通りの茶屋の者、です‥!」
覚えていらっしゃいますか?と尋ねてくるその口が憎らしい。忘れられる訳がないのに。
忘れようと、努力したのに。
「‥さぁ?」
覚えてるよ、と言って抱き締めでもすれば良かったのだろうか。久しぶり、と言って、謝罪の言葉を──“今更”
彼女は俺の返答に一瞬驚いた顔をした。──けれど、すぐに笑った。
「“いいえ”じゃない限り、否定じゃないですね」
「へ‥」
「今の藤堂さんの言葉は、何か 隠してる。──だって真っ直ぐに目を見て下さってないですもの」
ね?、と下から覗き込んでくる瞳があまりに真っ直ぐで。長くは正視出来なかった。
「お元気でしたか? お店にもぱったりいらっしゃらなくなったから、気になっていたんです」
以前と変わらず俺に笑いかけてくる彼女に、棄てた筈の感情が戻ってくる感覚がした。
──駄目だ。いけない。
もう何も必要としないと決意したのに。もう何も要らないと決めたのに。決めた筈なのに。“光”を欲しそうになる自分に嫌気がさした。
──本当に中途半端。
「そうだ、藤堂さん」
「‥?」
一頻り話していた彼女がくるりと此方を向くと、また俺の瞳を見つめた。
「よかったらまたお店に来て下さい。山南さんも‥───」
“一緒に”と続けるだろう彼女の言葉を遮る為に、俺は彼女を抱き締めた。他の方法が思い付かなくて。
──やめろ‥
封じ込めた筈の感情が戻ってくる感覚。
──やめてくれ
駄目だよ。だってまた傷つく。
「藤堂さん!?」
気付いたら彼女を突き放して走り出していた。
走る背に彼女が何かを叫んでいたが、聞こえないふりをした。
──明日‥
以前と同じように──‥
から‥!─
ねぇ、君に伝えたかった言葉があるんだ。
(でも、それは言葉にしてはいけなかった)
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