そして紅い月
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何を考えて、どうやって、どれくらいかかって 薬屋に辿り着いたのかなんて 覚えていない。
「新撰組隊医の相内と申します」
烝に言われた薬屋に着いた時には、もう亥の刻を過ぎようとしていた。
「ああ、山崎さんの遣いの方ね。よくいらっしゃられた。さぁ、内へ上がって下さい」
そう言って店主は中へ招こうとするけれど、私の心中はそれ所じゃなかった。
「いえ、結構です。一刻も早く戻りたいので‥」
早く、あの人の所へ 帰りたい。
すると、店主とおかみさんが耳打ちをし合った。
「? あの‥‥」
「ああ、すみません。‥‥‥実は‥」
店主はもう一度おかみさんと目を見合わせてから、躊躇って 言った。
「‥まだ薬が届いていないんですよ」
自分は今何をしているのだろう。
一刻も早く帰りたいのに、内に上がって。
ああ‥、そうだ。仕方ないんだ。
薬無しには帰れないから。
廊下を通って 割り充てられた部屋に行く途中、ご主人とおかみさんの部屋の前を通った。
『――‥―明日‥― ―』
『―‥だから‥――‥』
何を話しているのだろう。
何故か胸が騒いで。私は聞き耳を立てた。
『‥薬は‥―――‥だから』
『ああ‥、もう屯所に‥―――』
『――‥山崎さんは‥――相内さんを‥――』
『‥守り‥―――だろ‥――』
『‥ああ‥、今夜は京に何が起こるのかね‥』
頭痛がしてきた。
“薬はもう‥屯所”?
“烝が私を‥守‥”?
“京に今夜‥” 何が起こると言うんだ
頭痛が、する。
目眩も、吐き気も。
これは‥警鐘‥?
ふらふらと覚束ない足取りで、窓辺へと歩み寄る。
“何か”に吸い寄せられるように。
空が 赤い
紅い 月 が昇る
屯所の真上で
そして屯所自体も‥赤く
赤く
赤く
赤く
警鐘は鳴り止まない。
それが何を意味するのか。
頭で考える前にもう、身体は動き出していた。
「相内さん‥!!!!」
何の音も、耳には入ってこない。
私は只 無心で、音の無い静寂の京の町を駆った。
今
何をするのが先決で
何を避けるのが得策なのか
何をしなくちゃいけなくて
何をしちゃいけないのか
そう考える事すら
転がり出した運命の前には
意味が無くて
私は只
歯車を止めるのに
この身を投じる事しか思い付かなかった
そして紅い月が昇る
《そして紅い月》-終