残されるモノ
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そう言えば、と言って沖田さんは句集を脇に置いた。
「‥百人一首って言ったら、華麗なように見えて‥悲恋とか恨み辛みの歌が多いんですよね」
「ああ‥特に女性の愛憎が怖いですよね‥」
大半が失恋・恨み・悲しみを詠っていると知った時、驚いたのを覚えている。
「でもほら、自然歌とか、素敵なのもありますし」
そう。私が好きな歌だって 幾つかある。
「『秋風に たなびく雲の たえ間より
もれいづる月の かげのさやけさ』
‥とか、好きですよ」
雲間から零れる月光の、清らかな秋の夜の情景を詠った歌。
「今の季節にぴったりで、更に好きです」
日本の秋、日本人の秋の観賞程、他のどの国より勝るものは無いと思う。
「ああ、私もその歌好きですよ。春華さんも月、好きなんですか?」
「はい。何か‥不思議な魅力がありますよね、月って」
今日は三日月。
“彼女”は夕刻にならないと姿を見せないだろう。
「沖田さんは?」
「え?」
「好きな歌、何かあります?」
私ですかー、と沖田さんは軽く笑んで、頭を掻いた。
「『君がため 惜しからざりし いのちさへ
長くもがなと 思ひけるかな』」
風が、強く吹いた。
「‥沖田さん‥‥」
「最近弱気になってきた自分に対する、ある意味戒めの歌です」
貴女に出逢い、想いが通じるまでは 惜しくなかったこの命までも、逢うことの出来た今は 永くあって欲しいと思う。
「‥沖田‥さん」
「秋は感傷的になって どうも良くないですね」
そう言って悲しく笑う貴方の顔を 見ていられなくて、私はその肩に顔を埋めた。
『なげけとて 月やは物を 思はする
かこち顔なる わが涙かな』
涙を誘う、その酷く優しい声で、哀しみの歌は紡がれた。
数百年後なんて、想像出来ない
数日後すら 分からないのだから
でも
未来を恐れて、運命を恨んで生きていくより
今を大事に 生きていきたいよ
歯車はまだ 動き出していない
動いては いないけれど
その螺子は静かに捲かれている
それはゆっくりと、
けれど 確かに
『高砂の をのへの桜 咲きにけり
外山のかすみ たたずもあらなむ』
どうか 時の陰りよ
私の希望を隠してしまうな
《残されるモノ》-終