天国と地獄
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浅葱の色は、何かの店に入っていった。
「‥地獄でも、か」
「うん」
「‥はぁ‥、お前はやっぱり母さんの娘だよ。」
「何それ」
「言いだしたら曲げない所とか?」
父は笑った。
「母さんも一途だったからなぁ」
「嫌ー。親ののろけは聞きたくないー!」
聞いている方が照れるんだって。
「ところで、素敵な人? その人は」
「え?」
「春華が選んだ人」
「あー‥、えーっと‥」
さっきから視界に入ってます。
「あ、あんな人」
とうとう店から出てきた沖田さんを指差して 言った。
沖田さんは暢気にかき氷の器を両手に持ち、こちらに寄ってきた。
「春華さーん! 暑いのが嫌だったらやっぱりコレですよ! って‥、ん?」
父の姿を認めたのか、沖田さんは近寄る速度を緩めた。
「えーっと‥どちらの御仁でしょう?」
怪しむとかそういうのじゃなくて、沖田さんは単に疑問に思ったようだった。
まさかこんな形で父に紹介する事になろうとは。
「あの‥、沖田さん、実は私の「あぁ!」
‥はい?
沖田さんに言葉を遮られた。
「春華さんのお父様ですよね!」
「え!? 沖田さん何で知って‥」
私と同時に驚いていた父が、ああ と何故か納得した様子で笑った。
「“沖田さん”は君の事か、惣次郎君」
「今は総司ですよー」
‥さっぱり分からない。
顔見知りですか?
「いやぁ、目の色が変わったね。凄く真っ直ぐだ」
「貴方と会ったときは最高潮に堕ちてましたからねー、私」
私が混乱している内に、二人は次々と言葉を交わしていった。
「春華」
「はい‥?」
私が頭を抱えていると、父が私の名を呼んだ。
「私はそろそろ行かないと」
「え、もう!? せめて一日ぐらい‥」
いや、と言って父は自嘲気味に笑んだ。
「研究を放って来てしまったからすぐに戻らないと。それに英国行きの船なんて めったに無いしね」
「あぁ‥、そっか」
英国と日本間の船なんて、きっと今回父が乗ってきた船ぐらいだ。
父は沖田さんの方を向いて、手を差し出した。
「君の目を見て 安心したよ。総司君なら‥大丈夫だ。」
沖田さんは少しだけ父の目と手を見つめて、それから それに応じた。
「‥有難うございます」
固く結ばれた二人の手は、父の方から強い力が加えられた。
「‥‥」
父は少しだけ目を伏せた。
その胸で何を思っているのか、私には察する事は出来ない。
父は手を離し、今度は私の方に向き直った。と同時に
「え!?」
ハグされた。
「お、おおお父さん!?」
本日二度目。
「なんだ、只の親子のハグだろう」
さも当然のように言う。
日本でやるな!!
そう訴えようとしたけれど、私はその言葉を飲み込んだ。
どう考えても、力が強すぎる。
「‥父‥さん‥?」
どうしようもない不安に襲われた。
「――‥」
「‥え?」
私は耳元で告げられた父の言葉を 聞き取る事が出来なかった。
聞き直そうとしたけれど、父の笑顔で誤魔化された。
「じゃあ、見送りは不要だから。此処で」
「‥う‥ん。
遠路来てくれてありがとう。‥ごめんね」
いや、と父は笑った。
「良いんだ。自分の信じた道を行けばいい。‥悔いの無いように」
「‥はい」
父は一歩後方へ引き、私と沖田さんの両方を見た。
「それじゃあ、二人共‥元気で。幸運を祈ってるよ」
「ええ、お父様もお気を付けて」
「今度日本に帰って来る時は先に手紙送ってね」
「ああ」
父はもう一度笑うと、私達に背を向けて歩き出した。
「‥本当にありがとう!お父さん 気を付けて!」
次第に小さくなる父の背に、声を張り上げてぶつけると、父は後ろ手に手を振り、そのまま 振り返らずに前へと歩いて行った。
それが見えなくなるまで、私と沖田さんは黙って見届けた。
不意に結ばれた手が、ひどく優しくて、私は込み上げてくる熱いものを 如何にかして内に秘めた。
ご免なさい
でも もう決めたんだ
分かってる
でも 引く事は私自身が許さない
大切な人が居ない楽園に行くぐらいなら
共に在れる地獄を選ぶ
たとえどんな未来でも
私が選ぶ場所は決まっている
大丈夫
私は歩んで行けるから
《天国と地獄》-終
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