共に歩む道
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この道を示してくれたのは
たとえ 他人だったとしても
この道を選んだのは
他でもない 私
この道を辿るのに 苦悲を伴おうとも
それと引き換えに 私は力を手に入れた
貴方と共に 歩める道を
力を 手に入れた
《共に歩む道》
私に医学への道を示してくれたのは、父だった。
あれは、渡英する事が決まった直後、母の三回忌の為 父と二人で墓参りに行った時だった。
「お母さんのお墓参り‥当分行けないね」
私は 渡英する事について、何処かにつっかかりを感じていた。
「お母さん淋しくないかなー‥」
父の仕事とか、担っているモノとかは 理解しているつもりだったけれど。
「‥春華は 英国に行くのは気が進まないか?」
「うーん…」
「英語なら話せるようになっただろう?」
「なんとか‥」
不安、というものは不思議と無い。むしろ、新しい世界への興味の方が強い。
‥でも、何故だか心につっかかりがあるのだ。
「わからない‥」
「‥そうか」
「‥‥でも」
もしかしたら
「‥もしかしたら、初めて一歩を踏み出そうとしてる人は、皆同じなのかも‥」
一歩を踏み出してみたいのに、今までの自分が それを止めようとする。そんな感じ。
聡い子だ、と言って 父は私の頭を撫でた。
「春華。この国が 新しい時代を迎えようとしているのは‥もう分かっているね?」
「‥耳にタコができるぐらい聞いたよ‥」
そうだったね、と言って 父は笑った。
「きっと、これからの日本人は 男女問わず、生きる力を身に付けなくちゃいけないんだ」
「生きる力‥?」
「そう。‥これから この日本が激動の時代を迎えたら、‥争いが起こる事は必至だろう」
「‥‥‥悲しいね」
争いなんて。
すると、父は困ったように笑った。
「確かに悲しい事だね。‥でも、何かを生み出すには、それ相応の痛みを伴うものだろう?」
「‥そうだけど」
父は再び笑んで 私の肩に手を置き、私を母の墓石の方に向かせた。
「‥春華、医療を‥学んでみないか?」
「え‥?」
「英国で、医学を」
風が 周りの雑音を吹き飛ばした。痛い程の静寂の中に、父の 優しさと力強さとが入り混じった声が響いた。
「人々が傷付いていく時代に‥人々を救える 術を手に入れるんだ」
父の、手に込める力が 強くなるのがわかった。
私が‥、お父さんと同じ‥医者に‥?――
それは、かつて私が抱いた事のある夢の姿だった。
人を救える力。
私はそれに 強く魅せられていた。
でも
ふと脳裏に 病床の母と、それを支える父の姿が浮かんだ。
「‥‥でも ‥お父さん‥?」
「‥何だい」
医者は人を救える力を手に入れる、けど
「‥お父さんは‥、苦しんでいたじゃない」
「‥‥‥」
病床の母には見えない場所で、父が苦しんでいた事を 私は知っている。
大切な、愛した人が弱っていく様子を 誰よりも近くで見ていなければならない。他の誰よりも、その人の『最期』を知っている。
「医者は‥‥苦しいんでしょう‥‥?」
― ― ― ― ― ― ― ――
― ― ― ― ― ― ― ― ―
『お客さん』でいる時間は終わった。これからは、一人の『仲間』として扱ってもらいたい。
「‥ねぇ、烝。」
始めよう。
人を救える手立てが、この手には 在る。
「総検診、させて」
烝と彼の師匠・松本先生とで作ったというカルテを読めば、字面だけなら理解する事が出来るのだろう。
でも、やっぱり自分の目で見て、確かめておきたいから。
すると、烝は少し‥ ‥いや、大分 曇った顔をした。表情の少ない、彼が見せた動揺。それは私を不安にさせるのには充分だった。
「‥烝‥? どうかした‥?」
いや、と言って 烝は視線を逸らした。
「‥‥いずれにせよ、お前はいつか知るんやもんな」
「‥? 何、よく聞こえない」
いや、と言って 烝は今度はこちらを向いた。
「お前は‥、良くも悪くも 医者、なんやな‥」
「え?」
「検診すれば、お前は辛い思いをするかもしれへん。‥けど、避けては通れん道や。やりぃ。」
烝の言葉は、時々理解するのが難しい。それでも、いつもそれは意味の深い 言葉だから。
「う‥ん‥?」
私は 翌日、総検診が行われてから、やっと烝の言葉の意味全てを解し、思い知らされる事となる。
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