祖国のタカラ
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真っ赤に染まった提灯の列。
景気の良い声に、炭の匂い。色とりどりの着物が行き交い、皆の頬は紅潮していた。
そこにあったのは、心擽られる物ばかりだった。
真新しい朱色のお蔭で、更に気分は上々だった。
「‥沖田さん、やばいです」
「はい?」
「今にも走り出しちゃいそうです」
「あはは」
ヨーヨー掬いに、たい焼きや たこ焼きの出店。
様々なお面がずらりと並んだ前で、暫く立ち尽くした。
初めてやった金魚掬いでは コツが一切掴めず、出来るだけ最小限に持っていった なけなしのお金は、殆ど手から滑り落ちていってしまった。
今手元にあるのは、もうそれだけでは何も出来ない程度の僅かなお金と、私があまりにも可哀想に見えたのか 金魚屋のおじさんがおまけしてくれた金魚一匹だけだった。
「‥何笑ってるんですか、沖田さん」
「いや、だって 春華さんあまりにも下手なんですもん」
「こ、コツが掴めなかっただけです! あと に、二回ぐらいやればきっと‥」
‥いや、多分無理だな。あの金魚たちの速さと重さには、きっといつまで経ってもかなわない。
‥‥カラン‥コロン‥
何処からか、よく透き通った 澄んだ音が聴こえてきた。
「あ、あのお店からですね」
沖田さんが指差した先にあったのは、明るくて賑やかな通りからはやや外れた、少し薄暗い所に構えられている、小さなお店だった。
その店の主と見られる人物は、青年 というよりは 少年 という感じの背格好で、狐のお面ですっぽりと顔を覆っていた。
そのお面は、さっき見たどのお店にも売られていなかった気がする。
‥ ‥カラン‥コロン‥
音の正体は、小さくて可愛らしい 木鈴だった。
私達は自然とお店に歩み寄り、それを手に取ってみた。
‥カラン‥ ‥コロン
「‥澄んだ音‥」
「ええ、本当に」
この木鈴の音に、不思議と この数年間の事が思い出された。
父と共に、異国の地に学び続けた 数年間。
「‥やっぱり、私は日本が好きです」
「え?」
突然の私の発言を不思議に思ったのか、沖田さんは頭に疑問符を浮かべた。私はそのまま続けた。
「‥異国に行ってる間は、あまり感じなかったんですけど‥、今 ふと思いました」
おはじきや、ビー玉、風車。お手玉や、この木鈴だってそう。
「日本の文化って‥可愛らしい、ですよね。
勿論、異国の文化だって負けず劣らず凄く素敵ですけど‥」
でも
例えば
春になっても桜が咲かなかったり
秋に月見をする人が見受けられなかったり
年明けに 除夜の鐘が聴こえなかったりした時‥―――
私は異国の地で 何故か無性に悲しくなっていた。
「‥やっぱり、私の故郷は『此処』なんだな‥って」
此処に吹く風
此処に咲く花
此処に生きる 全てのもの
此処で出逢った 全ての人々
「好きだなー‥って」
今は 思う。
もう一度、カラン、と木鈴を鳴らすと、何だか安心して 自然と笑みがこぼれた。
ずっと私の話を聞いてくれていた沖田さんが、口を開いた。
「随分気に入ったみたいですね、それ」
「はい、なんか気になっちゃって」
そうですか、と沖田さんは柔らかく笑んだ。
「買いたいところですが、何しろお金が‥」
「春華さん一文無しですもんね~」
「‥‥一文ぐらい持ってます」
そういう話じゃないだろう、と一人突っ込みを心の中でしていた時、袖を何者かに引っ張られた。視線を落とすと、そこにはこの店の主の少年が、小さく佇んでいた。少年は、すっとお店の台の上を指差した。
【大切に思って下さる方に お譲りします】
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