Chris Redfield
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普段は静まり返っている郊外の倉庫街に、銃声と呻き声が満ちている。BSAA小隊は建物の制圧任務の最中で、想定外のゾンビの群れに包囲されていた。
「後退!!ここは持たない!」
隊員が声を張り上げたが、その声に応じるはずの若手隊員は、すでに地面に倒れ込んでいた。頭から血を流し、意識が朦朧としているようだ。その姿を見つけたエージェントのナマエは息を呑んだ。
(まずい……このままだと噛まれる!)
迫り来る影。判断する時間は、数秒もなかった。
「危ない!!」
叫ぶと同時に、ナマエは自身の安全など気にせず走り出していた。SOUより随分と軽装な自分が前へ出るべきではないと頭では分かっている。それでも、倒れた仲間の横に迫るゾンビの群れを見れば、身体は勝手に動いていた。
横たわっている隊員のすぐ横に滑り込み、ナマエは片膝をついて銃を構える。
「こっち向きなさいよ……!」
周囲に向けて必死に引き金を引く。しかし数が多すぎた。手を伸ばしたゾンビが、じりじりと距離を詰めてくる。
(間に合わない!)
そのとき、視界の端にガスボンベが転がっているのが見えた。ナマエは歯を食いしばる。選択肢は一つしかなかった。
「——ごめん、ちょっと揺れるわよ!」
隊員の体に覆い被さるように身を乗り出し、銃口はガスボンベへと向ける。引き金を引いた瞬間——轟音とともに爆風が襲い、飛び散った金属片が凶器となって宙を舞った。倒れている新人隊員に覆い被さっていたナマエの左腕を、いくつもの鋭い破片が切り裂いた。
「っ……く……!」
焼けるような痛みに、ナマエは顔を歪める。だが、ゾンビの群れの大半はその爆発で吹き飛び、戦況は一変したのだった。遠くから聞こえる隊員たちの声。
「撤退ラインを確保!急げ!」
ナマエは息を荒げながらも、僅かな安堵に目を閉じた。援護に来た他の隊員たちが2人を担ぎ、安全な場所へと移動させる。腕から血がどくどくと流れていることなど、もはやどうでもよかった。ただ一人、彼女のその姿を震える視線で見つめていた男がいた。
クリス・レッドフィールド。
その目には焦燥と恐怖が滲んでいた。
***
任務から戻った隊員たちは医務室へ運ばれ、ナマエも縫合処置を受けて廊下のベンチに腰掛けていた。包帯の巻かれた左腕を撫でながら溜息をつく。
そこへ、ブーツの重い足音が近づいてきた。
「……ナマエ」
「クリス……」
顔を上げて彼を見た瞬間、ナマエは息を呑んだ。怒っている——それも激しく。クリスは彼女の前に立つと、低く押し殺した声で言った。
「腕の具合は」
「何ヶ所か縫ったけど、大丈夫……」
クリスの刺すような視線に、リナはすぐに目を逸らす。
「説明しろ。どうして前に出た」
「それは……倒れていた彼が……」
「気絶してるのを見て飛び出したんだろう? ゾンビの群れの中へ」
「そうよ」
クリスの眉間のシワが深くなる。
「……あんな至近距離にあるガスボンベを撃ち抜くなんて、正気の沙汰じゃない」
「でも私が行かなきゃ、彼は噛まれてた」
「だからって命を投げ出す理由にはならない!」
怒声が廊下に響き渡り、ナマエの肩が小さく跳ねた。
「あの時お前は軽装だったのを分かってるのか?ひとつ間違えば死ぬところだったんだ!」
「クリスだって……!仲間が危険にさらされてたら、同じ行動をしてたでしょう!」
そう言い返せば、クリスの拳がギュッと握られた。
「当たり前だ、俺は隊長だからな。リスクを計算して、仲間を守るための最適な判断をする。でもお前のしたことは——ただの無謀だ」
「……っ…そんな言い方……」
リナは俯いた。
私のしたことは、そんなにダメなことだったの?目の前に救える命があるなら全力で守る──それが私たちBSAAじゃないの?
普段は恋人に甘いところのあるクリスが、まさかこんなに強い怒りを向けるとはナマエも驚きだった。そして悔しかった。良くやったと、少しは褒めてくれることを期待していたから。
「……心配かけてごめんなさい。今日はお疲れさま」
「ナマエ!」
立ち上がり、背を向け歩き出す。クリスはまだ何か言いたげだったが、これ以上はナマエの心が持ちそうになかった。
***
ナマエは部屋に戻ると、ベッドに倒れ込んだ。
(……クリス、あんなふうに怒鳴るなんて)
先ほどのクリスの顔を、声を、脳内で何度も再生する。少し冷静になった頭で考えれば、クリスはただ自分を心配してくれているのだということが、ようやく理解できた。もし逆の立場なら、自分だってきっとクリスに詰め寄っていただろう。仲間のために無理をするクリスがどこかしらに怪我をして支部に帰ってくるたびに、体の中が一気に冷やされる感覚になるのだ。それを自分自身も何度も体験しているはずなのに、どうしてさっきはクリスの気持ちを分かってあげようとしなかったのだろう。
あれは確か、クリスがSOUに異動してしばらくの頃だったか。戦闘の最中に一般市民を庇って吹き飛ばされ、クリスは病院へ運ばれたことがある。幸いにも、と言うのが正しいのか分からないが、負った怪我は骨折で済んだ。私はクリスに、どうしてひとりで無茶したのと怒った。その時彼は少し困った笑顔を浮かべて、私に「心配かけて悪かった」と言った。私はあの時、ただ怖かったのだ。クリスがいなくなる未来を、一瞬でも想像してしまったから。クリスに怒った本質は、無茶をしたことに対してじゃなく、もっと自分のことを大切にしてほしいというものだったのだ。クリスはそれを分かっていたから、私に対して謝ったのだろう。
だが私はどうだ。心配してくれたクリスに口ごたえして、挙句突き放してしまった。
涙がじわりと溢れ、枕に染み込んでいく。
(……クリス……あなたも、怖かったわよね……)
***
翌日の夕方。ナマエは怪我のため一週間の休暇をもらい、自宅で静かに過ごしていた。
玄関のチャイムが鳴りドアを開けると、昨日とは違う表情のクリスが立っていた。
「入ってもいいか」
「……うん」
クリスは部屋に入り、静かにドアを閉めた。
どこか落ち着かない様子で立ち尽くしたあと、深く息を吐く。
「……昨日は怒鳴って悪かった」
ナマエは驚いて目を瞬く。クリスは真剣な声で続けた。
「お前が倒れた部下を庇いに出た瞬間、俺は最悪の光景を想像した。爆風を受けたあと、お前が血を流しているのを見て……俺は、正直言って、頭が真っ白になった」
握られた拳が震えている。
「隊長としての判断も、任務も、全部どうでもよくなるくらい……お前を失いたくなかった」
その言葉に、ナマエの胸がじんと熱くなる。
「……クリス」
ナマエはそっと近づき、彼の手を取る。
「……クリスが私のこと大事に思ってくれてるの、ちゃんと分かってる。昨日はごめんなさい」
クリスはナマエの手を握り返し、表情は優しくほどけていった。ナマエの怪我した腕をかばいながら、包み込むように強く抱きしめる。
「もう……あんなことはしないでくれ。頼む」
「ええ。約束する」
ナマエは彼の胸に顔を埋め、そっと目を閉じる。
「怪我してる腕、痛まないか?」
「大丈夫よ。それより……今日はずっとぎゅっとしていてくれる?」
クリスは小さく笑い、彼女の髪にキスをした。
「……いくらでも」
すれ違いも怒りも涙も、今この抱擁の中で溶けていくようだった。
fin.
「後退!!ここは持たない!」
隊員が声を張り上げたが、その声に応じるはずの若手隊員は、すでに地面に倒れ込んでいた。頭から血を流し、意識が朦朧としているようだ。その姿を見つけたエージェントのナマエは息を呑んだ。
(まずい……このままだと噛まれる!)
迫り来る影。判断する時間は、数秒もなかった。
「危ない!!」
叫ぶと同時に、ナマエは自身の安全など気にせず走り出していた。SOUより随分と軽装な自分が前へ出るべきではないと頭では分かっている。それでも、倒れた仲間の横に迫るゾンビの群れを見れば、身体は勝手に動いていた。
横たわっている隊員のすぐ横に滑り込み、ナマエは片膝をついて銃を構える。
「こっち向きなさいよ……!」
周囲に向けて必死に引き金を引く。しかし数が多すぎた。手を伸ばしたゾンビが、じりじりと距離を詰めてくる。
(間に合わない!)
そのとき、視界の端にガスボンベが転がっているのが見えた。ナマエは歯を食いしばる。選択肢は一つしかなかった。
「——ごめん、ちょっと揺れるわよ!」
隊員の体に覆い被さるように身を乗り出し、銃口はガスボンベへと向ける。引き金を引いた瞬間——轟音とともに爆風が襲い、飛び散った金属片が凶器となって宙を舞った。倒れている新人隊員に覆い被さっていたナマエの左腕を、いくつもの鋭い破片が切り裂いた。
「っ……く……!」
焼けるような痛みに、ナマエは顔を歪める。だが、ゾンビの群れの大半はその爆発で吹き飛び、戦況は一変したのだった。遠くから聞こえる隊員たちの声。
「撤退ラインを確保!急げ!」
ナマエは息を荒げながらも、僅かな安堵に目を閉じた。援護に来た他の隊員たちが2人を担ぎ、安全な場所へと移動させる。腕から血がどくどくと流れていることなど、もはやどうでもよかった。ただ一人、彼女のその姿を震える視線で見つめていた男がいた。
クリス・レッドフィールド。
その目には焦燥と恐怖が滲んでいた。
***
任務から戻った隊員たちは医務室へ運ばれ、ナマエも縫合処置を受けて廊下のベンチに腰掛けていた。包帯の巻かれた左腕を撫でながら溜息をつく。
そこへ、ブーツの重い足音が近づいてきた。
「……ナマエ」
「クリス……」
顔を上げて彼を見た瞬間、ナマエは息を呑んだ。怒っている——それも激しく。クリスは彼女の前に立つと、低く押し殺した声で言った。
「腕の具合は」
「何ヶ所か縫ったけど、大丈夫……」
クリスの刺すような視線に、リナはすぐに目を逸らす。
「説明しろ。どうして前に出た」
「それは……倒れていた彼が……」
「気絶してるのを見て飛び出したんだろう? ゾンビの群れの中へ」
「そうよ」
クリスの眉間のシワが深くなる。
「……あんな至近距離にあるガスボンベを撃ち抜くなんて、正気の沙汰じゃない」
「でも私が行かなきゃ、彼は噛まれてた」
「だからって命を投げ出す理由にはならない!」
怒声が廊下に響き渡り、ナマエの肩が小さく跳ねた。
「あの時お前は軽装だったのを分かってるのか?ひとつ間違えば死ぬところだったんだ!」
「クリスだって……!仲間が危険にさらされてたら、同じ行動をしてたでしょう!」
そう言い返せば、クリスの拳がギュッと握られた。
「当たり前だ、俺は隊長だからな。リスクを計算して、仲間を守るための最適な判断をする。でもお前のしたことは——ただの無謀だ」
「……っ…そんな言い方……」
リナは俯いた。
私のしたことは、そんなにダメなことだったの?目の前に救える命があるなら全力で守る──それが私たちBSAAじゃないの?
普段は恋人に甘いところのあるクリスが、まさかこんなに強い怒りを向けるとはナマエも驚きだった。そして悔しかった。良くやったと、少しは褒めてくれることを期待していたから。
「……心配かけてごめんなさい。今日はお疲れさま」
「ナマエ!」
立ち上がり、背を向け歩き出す。クリスはまだ何か言いたげだったが、これ以上はナマエの心が持ちそうになかった。
***
ナマエは部屋に戻ると、ベッドに倒れ込んだ。
(……クリス、あんなふうに怒鳴るなんて)
先ほどのクリスの顔を、声を、脳内で何度も再生する。少し冷静になった頭で考えれば、クリスはただ自分を心配してくれているのだということが、ようやく理解できた。もし逆の立場なら、自分だってきっとクリスに詰め寄っていただろう。仲間のために無理をするクリスがどこかしらに怪我をして支部に帰ってくるたびに、体の中が一気に冷やされる感覚になるのだ。それを自分自身も何度も体験しているはずなのに、どうしてさっきはクリスの気持ちを分かってあげようとしなかったのだろう。
あれは確か、クリスがSOUに異動してしばらくの頃だったか。戦闘の最中に一般市民を庇って吹き飛ばされ、クリスは病院へ運ばれたことがある。幸いにも、と言うのが正しいのか分からないが、負った怪我は骨折で済んだ。私はクリスに、どうしてひとりで無茶したのと怒った。その時彼は少し困った笑顔を浮かべて、私に「心配かけて悪かった」と言った。私はあの時、ただ怖かったのだ。クリスがいなくなる未来を、一瞬でも想像してしまったから。クリスに怒った本質は、無茶をしたことに対してじゃなく、もっと自分のことを大切にしてほしいというものだったのだ。クリスはそれを分かっていたから、私に対して謝ったのだろう。
だが私はどうだ。心配してくれたクリスに口ごたえして、挙句突き放してしまった。
涙がじわりと溢れ、枕に染み込んでいく。
(……クリス……あなたも、怖かったわよね……)
***
翌日の夕方。ナマエは怪我のため一週間の休暇をもらい、自宅で静かに過ごしていた。
玄関のチャイムが鳴りドアを開けると、昨日とは違う表情のクリスが立っていた。
「入ってもいいか」
「……うん」
クリスは部屋に入り、静かにドアを閉めた。
どこか落ち着かない様子で立ち尽くしたあと、深く息を吐く。
「……昨日は怒鳴って悪かった」
ナマエは驚いて目を瞬く。クリスは真剣な声で続けた。
「お前が倒れた部下を庇いに出た瞬間、俺は最悪の光景を想像した。爆風を受けたあと、お前が血を流しているのを見て……俺は、正直言って、頭が真っ白になった」
握られた拳が震えている。
「隊長としての判断も、任務も、全部どうでもよくなるくらい……お前を失いたくなかった」
その言葉に、ナマエの胸がじんと熱くなる。
「……クリス」
ナマエはそっと近づき、彼の手を取る。
「……クリスが私のこと大事に思ってくれてるの、ちゃんと分かってる。昨日はごめんなさい」
クリスはナマエの手を握り返し、表情は優しくほどけていった。ナマエの怪我した腕をかばいながら、包み込むように強く抱きしめる。
「もう……あんなことはしないでくれ。頼む」
「ええ。約束する」
ナマエは彼の胸に顔を埋め、そっと目を閉じる。
「怪我してる腕、痛まないか?」
「大丈夫よ。それより……今日はずっとぎゅっとしていてくれる?」
クリスは小さく笑い、彼女の髪にキスをした。
「……いくらでも」
すれ違いも怒りも涙も、今この抱擁の中で溶けていくようだった。
fin.
