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壱 月の顕現

「中原幹部、お疲れ様です」
「おう、手前らもな」

 構成員らとすれ違いながら、俺は首領室へと繋がる廊下を歩いていた。
 手にあるのは報告書。この前の任務結果をまとめた資料だ。構成員の被害数や武器の消耗といった此方の被害から捕虜の吐いた敵組織の機密情報までが詳細に記されている。
 此れらを我らが首領、森鴎外に報告するために廊下を進む。
 外は既に暗くなっている。星一つない真っ暗な空が、ポートマフィアによる支配の時間を告げていた。
 首領室の前まで来て、ドアノブに手を掛け開きかける。すると、首領の溺愛しているエリス嬢でも、ましてや首領の声でもない、低いのに高いような不思議な声が聞こえてきた。

「森さぁん、いい加減しつこくないですか?」

 ……は?

「このくだりはもう三回目ですよ、私だって暇じゃあないんですけど……」

 いやいや、手前何言ってんだ。

「そろそろ綺麗さっぱり諦めてくれても良くないですか? 此方としてもリスク抱えたくないですし」

 夜を統べるポートマフィアの頂点トップにんなこと言って無傷で帰れると思うなよ。まじで。

 あまりにも驚きすぎて、扉はほんの少し開いてるだけのまま。俺は会話を聞いていた。
 姿は見えないけれど、話し方と声のトーンで女であることは理解できる。

「そうだねぇ、しつこいと言われてしまうと私としても立つ瀬がないなぁ」

 首領の声が聞こえた。

「でも、君が来てくれるのなら我々は大歓迎なのだよ」

 勧誘話スカウトだろうというのは会話の流れでわかる。しかし、首領直々に誘われてもなお拒否するとは余程肝がすわっていると見えた。否、ただの莫迦なのか?

「あ、そうだ。全然話変わるんですけど、私の新刊読んでくれました?」

 本当に話全然違うじゃねえか。手前は一体何なんだ。
 色々とツッコミたい処はあるのだが、なんとなく二人の会話を聞き続けていた。

「勿論。『剪定傷病』……だったかな」
「それですそれ。いやー、ちゃんと読んでくれてるんですねえ。驚きました」
「勧誘しているというのに相手のことを知らないのは失礼だと思ってね。仕事の合間ではあったけれどもしっかりと読ませてもらったよ」
「情報収集の一環ってことっすか。まあ売れるのなら文句ないです、もっと言えば布教してほしいですが」
「私の部下たちは忙しいからねえ」
「まじお疲れ様って感じですね」
「それはどうも」

 淡々としたその話は、単なる勧誘話には聞こえなかった。

「あ、やば。私そろそろ配信準備しないといけないんで、帰っていいですか?」
「君が今日SNSで告知していた配信時間はまだ2時間先のようだが?」
「ちぇ、バレちゃったか」

 軽くため息をついた音が聞こえる。そりゃそうだろ、首領に嘘が通じると思ってる方が間違いだ。

「うーん……でも私、答えのないことをぐだぐだと考えるのって嫌いなんですよ。私が断り続けても森さんが折れてくれるとは思えませんし、私も自分の意思を変えるつもりはないんで」

 そして、女は何かを考え付いたように明るい声を発した。

「そうですねえ……では、一つ遊戯をしませんか?」
「遊戯、かい?」
「はい、一つの心理戦です」

「…森さん、私が今何を考えているかご存じですか? 当ててみてくださいよ、正解したら“協定”を結びましょう。途中で思ってることを変えたりはしないので安心を」
「なるほど。なかなか楽しい提案だ」
「お、やります? やりますよね??」

「君の心を読む__医者として、人の心を理解するのは得意なつもりだよ。安心してと言ってくれるなら、途中で考えを変えないと信じよう。是非とも挑戦させてもらおう」

 女の提案に、首領は軽く笑いながら応じる。
 莫迦な女だ。首領に心理戦を持ちかけて勝てると思っているのか。
 協定、というのが何を指しているのかは知らないが、ポートマフィアの為になるのなら反論はない。
 俺は黙って会話を聞くことにした。

「ふむ、そうだね……『この交渉もとい協定が私にどう影響するのか試したい。ポートマフィア側がどれだけ本気なのかを推し量りたい』。闇の世界に生きる我々が、表の世界にいる君を支えられるかを見極めようとしているんじゃないかね?」
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