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弐 天才と才人と凡人

「ここ……ですかね?」

 中島敦が独り言のようにポツリと言った。隣にいる太宰治は、彼のその言葉に一つ頷いて、前の大きなビルに向き直った。

「ああ。ここが零ちゃんの会社“SNOM”の本社ビルだ。……すごいね、これは。ポートマフィア本部と同じ、否、それよりも大きいくらいだ」
「圧巻……ですね」

 目の前に広がるは巨大ビル。40階上あるのではないかと思うほどのそれに、一面貼られた硝子。屋上からならヨコハマが一望できるほどありそうな超一流企業の本部。それだけあれば、月無零というこの会社を束ねる創立者の優秀さが理解できよう。
 太宰治が先陣を切る形で、自動ドアを通りビル内へ入る。
 洗練されたエントランスホールが二人の前に現れる。中心に木製の柱があり、その柱をグルリと囲むようにソファーが設置されている。左側にゲートがあり、その手前には受付がある。奥には緑と白の某有名喫茶店があり、柱のソファーやテーブル等の休憩空間では、そこの飲み物を片手に談笑しているSNOM社員の姿があった。大抵の人々が私服で、休憩時間でもないようなこの午前中にこの光景。太宰治の目が輝いたのが、中島敦にはすぐにわかった。

「なんて自由な会社なんだ! 私も此処で働きたい!」

 そのうち女性社員に声をかけかねない。中島敦は太宰治の腕を砂色の外套の上から掴み、受付の方へ向かう。
 カウンターにいるスーツ姿の女性に声をかける。勿論、太宰治の腕はしっかりと掴んだまま。

「あの、すみません。僕らは武装探偵社の者なのですが……」
「はい、少々お待ち下さい」

 胸元のネームプレートに「木ノ下 莉子」とある女性はそう言うと、隣にあるPCへ目線を向けた。キーボードのタイピング音がしたかと思うと、彼女は目の前にいる二人とPCを順に見て、一つ頷いた。

「中島敦様、太宰治様ですね。零さんから話は伺っています。護衛依頼の関係で来てくださったのですよね、足を運んでいただきありがとうございます」

 女性は一礼すると、流れるような動きで、束になった一つのラミネートされた紙を中島敦に手渡した。
 そこにあるのは、零の会社のマップである。遊戯ゲームの攻略本にあるような、ダンジョンクエストの階層ごとにわかれている部署や部屋がまとまっている。
 横から太宰治がそれをパラパラとめくる。どうやら最上階は45階で、そこに零関係の部屋が集中しているようだ。

「待合室で零さんがお待ちですので、私が案内を……」
「お、早かったねえ君たち。まだ時間はあったのに」

 声のした方を見ると、揺れる金色のツインテール。軽快なその声と話し方は、エントランスホールだけでわかるこの自由な企業の創立者らしいものだ。
 零は中島敦と太宰治の間に割り込んで、二人の間にあった地図を見る。170cm以上ある彼らの背とせいぜい155cm程度の零では高さが合わなかったのか、彼女は履いている革靴が傷付かない程度に背伸びをした。

「すごー、こんなんよくまとめたね!? 偉すぎなんですけど」

 感心したように目を開いて受付の女性と地図を交互に見て、零はそう言う。受付の女性は少し照れたように顔を赤くして下を向いた。
 零は中島敦の後ろを通って受付のカウンターに左腕を横に置く。右腕で頬杖をついて、受付の女性と目線を合わせた。

「ってか莉子ちゃん今日可愛いね。いや、いつも可愛いんだけど今日は一段とビジュに磨きがかかってるっていうか……」
逢瀬デートなんです、彼氏と。すっごく楽しみなんですよ! 最近は立て込んでたから一ヶ月ぶりでして」
「えー、まじ!? それは楽しみだね、今日早上がりしちゃえば?」
「いえいえ、そんな。彼氏と会いたいのはそうですけど、そんなことより零さんの方が大事ですから…!」

 この二人は社長と部下だというのに、随分と砕けた関係のようだ。武装探偵社も社内の仲は良いが、福沢諭吉とここまでラフに、プライベートに、まるで友達のように話すことはない。それには福沢諭吉の性格的な面もあるため一概に比較はできないが、少なくとも超一流企業の主従関係には見えなかった。
 中島敦が呆然としていると、零はタイミング良く会話を終えて彼らへ向き直る。水色の一番星を宿した左目は今日も輝いていた。

「ごめんごめん、二人のこと放置しちゃったね。じゃあ、行こうか。この天才アイドル歌い手様が直々に案内して差し上げよう!」

 ……ちょっと格好つけてる。可愛い。声には出さないものの、中島敦はそう思った。
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