壱 月の顕現
首領の声が、部屋に響く。
女はしばらく無言だったが、その後大きな声で笑いだしたのだ。
「あっははは!! ちょ、やめて森さん! 笑わせないで! 筋肉痛で痛いのに腹筋が…!」
大爆笑。此の女、首領の発言を莫迦にしているのだろうか。完全に不敬じゃねえか。
一分後、ようやく落ち着いたのか、息をはあはあとしながら時折思い出したように少しの笑い声が聞こえた。
「森さん、本当に私がそんな小難しいことを考えてるとお思いで?」
「私は気分屋、自己中人間ですよ? 抑私がこの協定を結ぼうが結ぶまいがどうでもいいと思っているように、私は皆が思ってるより気まぐれなんです。ですから、外れです。正解は……」
そして、女は迚良い笑顔で言ったのだ。
「だりぃからさっさと帰らしてくれねえかなこの人、でした!」
いやわかるか!!
「なるほどね、やられたよ。確かに君が気まぐれで気分屋だというのなら、私の回答は全くの見当違いだ」
首領の声が聞こえる。少し残念がった声色だけれど、脅しのような殺気は感じられない。
「と、いうわけですので。もう帰っていいですよね?」
「協定の話、私は諦めていないがね。機会があれば何度でも勧誘させていただくとも」
「それはちょっと困るなあー…」
そんなことを言い合いながら、女はソファから立ち上がり、俺のいる扉側へ向かってきた。
やべえ、盗み聞きしてたのがバレる。
だが、それはそれでいいかと思う自分もいた。抑自分は報告のために首領室へと出向いたのだから特に非がある訳でもない。盗み聞きは微妙かもしれねえけど。
いっそのこと自分から開けてしまおう。
そして、俺は扉を開いた。
「うわっ!」
女の声。先程まで首領と話していた人物だ。
綺麗な顔をしていると思った。それこそ、モデルやらアイドルやらの芸能人にも引けを取らないレベルで。
「うお、危ねえな。気を付けろよ?」
別に顔に流される俺じゃねえ。美形なのは事実だが、ポートマフィアの幹部として、顔が良くても騙されないよう心得ているのだから。
むしろ、女の方が俺から目を逸らさなかった。
「……へえ。ほう。ふーん…」
無意味な感嘆の声を漏らす女。
そして、左目の瞼と涙袋の辺りを触られた。
右手の親指で涙袋を、人差し指で瞼を。コンタクトレンズをいれる時のように、左目を開かせられた。
「君、良い目をしているね」
意味がわからない。けれど、その行動を諫めるにしては、女の目がキラキラと輝いていたのでなんだか文句も言う気になれなかった。
数秒後、正気を取り戻したのか俺からパッと手を離す。
「…あー、すみません。ついやっちゃった、君の目が綺麗だったものだから」
「そう…か?」
「ふふ、うちの中也くんが気に入ったかい?」
「綺麗な瞳をしていたので。あ、私は森さんの目も好きですよ、綺麗な目ですよね。まあ、そっちはわりとよく見かけるのであんまり意識してないんですが」
とにかく、そろそろ帰りますね。そう告げて部屋から出ていこうとする女。と、携帯電話の呼び出し音が鳴った。
「これは…私のでもないし、中也くんのでもないね」
「となると…うわ、私じゃん!」
首領に言われて、電話に出る女。何やら焦った様子だ。
「え、まじで!? うっわ、がちか…わかった、急いでそっち行くんで!」
電話を切ると、金髪のツインテールを揺らして女は扉へ駆け寄る。
「零ちゃん、協定の件は…」
「検討に検討を重ね検討を加速させていただきます!!」
怒涛の勢いで扉を開いて、部屋から出ていく女。
部屋には俺と首領が残された。
「首領、今のは一体?」
「月無 零、という歌い手だ。彼女は非常に優秀でね、是非ともポートマフィアに入ってほしいと思っているのだよ」
歌い手、か。俺は音楽が好きだから歌い手という存在は知っている。歌い手というのは、いわゆる既存の曲を“歌ってみた”として動画投稿サイトにあげる一種の仕事だ。
けれど、進んで見ようとしたことはなかったので、女…零のことなど微塵も知らなかった。
「はあぁー、彼女さえ来てくれれば黒社会は全て支配したも同然なのだけれどねえ」
盛大にため息をつき、どうしたものかと頭を悩ませる首領。彼は常に最適解を求める人物だから、尚更考えることが多いのだろう。
「そうだ。ねえ、中也くん」
「はい、なんでしょう首領」
「これは任務ではないのだけれど。一つ、お願いを聞いてもらえるかな?」
「勿論、何なりと」
「脅迫、交渉、色恋。何でも良いから、彼女をポートマフィアに引き込みたい」
この発言からだ。俺の人生が変わったのは。
女はしばらく無言だったが、その後大きな声で笑いだしたのだ。
「あっははは!! ちょ、やめて森さん! 笑わせないで! 筋肉痛で痛いのに腹筋が…!」
大爆笑。此の女、首領の発言を莫迦にしているのだろうか。完全に不敬じゃねえか。
一分後、ようやく落ち着いたのか、息をはあはあとしながら時折思い出したように少しの笑い声が聞こえた。
「森さん、本当に私がそんな小難しいことを考えてるとお思いで?」
「私は気分屋、自己中人間ですよ? 抑私がこの協定を結ぼうが結ぶまいがどうでもいいと思っているように、私は皆が思ってるより気まぐれなんです。ですから、外れです。正解は……」
そして、女は迚良い笑顔で言ったのだ。
「だりぃからさっさと帰らしてくれねえかなこの人、でした!」
いやわかるか!!
「なるほどね、やられたよ。確かに君が気まぐれで気分屋だというのなら、私の回答は全くの見当違いだ」
首領の声が聞こえる。少し残念がった声色だけれど、脅しのような殺気は感じられない。
「と、いうわけですので。もう帰っていいですよね?」
「協定の話、私は諦めていないがね。機会があれば何度でも勧誘させていただくとも」
「それはちょっと困るなあー…」
そんなことを言い合いながら、女はソファから立ち上がり、俺のいる扉側へ向かってきた。
やべえ、盗み聞きしてたのがバレる。
だが、それはそれでいいかと思う自分もいた。抑自分は報告のために首領室へと出向いたのだから特に非がある訳でもない。盗み聞きは微妙かもしれねえけど。
いっそのこと自分から開けてしまおう。
そして、俺は扉を開いた。
「うわっ!」
女の声。先程まで首領と話していた人物だ。
綺麗な顔をしていると思った。それこそ、モデルやらアイドルやらの芸能人にも引けを取らないレベルで。
「うお、危ねえな。気を付けろよ?」
別に顔に流される俺じゃねえ。美形なのは事実だが、ポートマフィアの幹部として、顔が良くても騙されないよう心得ているのだから。
むしろ、女の方が俺から目を逸らさなかった。
「……へえ。ほう。ふーん…」
無意味な感嘆の声を漏らす女。
そして、左目の瞼と涙袋の辺りを触られた。
右手の親指で涙袋を、人差し指で瞼を。コンタクトレンズをいれる時のように、左目を開かせられた。
「君、良い目をしているね」
意味がわからない。けれど、その行動を諫めるにしては、女の目がキラキラと輝いていたのでなんだか文句も言う気になれなかった。
数秒後、正気を取り戻したのか俺からパッと手を離す。
「…あー、すみません。ついやっちゃった、君の目が綺麗だったものだから」
「そう…か?」
「ふふ、うちの中也くんが気に入ったかい?」
「綺麗な瞳をしていたので。あ、私は森さんの目も好きですよ、綺麗な目ですよね。まあ、そっちはわりとよく見かけるのであんまり意識してないんですが」
とにかく、そろそろ帰りますね。そう告げて部屋から出ていこうとする女。と、携帯電話の呼び出し音が鳴った。
「これは…私のでもないし、中也くんのでもないね」
「となると…うわ、私じゃん!」
首領に言われて、電話に出る女。何やら焦った様子だ。
「え、まじで!? うっわ、がちか…わかった、急いでそっち行くんで!」
電話を切ると、金髪のツインテールを揺らして女は扉へ駆け寄る。
「零ちゃん、協定の件は…」
「検討に検討を重ね検討を加速させていただきます!!」
怒涛の勢いで扉を開いて、部屋から出ていく女。
部屋には俺と首領が残された。
「首領、今のは一体?」
「月無 零、という歌い手だ。彼女は非常に優秀でね、是非ともポートマフィアに入ってほしいと思っているのだよ」
歌い手、か。俺は音楽が好きだから歌い手という存在は知っている。歌い手というのは、いわゆる既存の曲を“歌ってみた”として動画投稿サイトにあげる一種の仕事だ。
けれど、進んで見ようとしたことはなかったので、女…零のことなど微塵も知らなかった。
「はあぁー、彼女さえ来てくれれば黒社会は全て支配したも同然なのだけれどねえ」
盛大にため息をつき、どうしたものかと頭を悩ませる首領。彼は常に最適解を求める人物だから、尚更考えることが多いのだろう。
「そうだ。ねえ、中也くん」
「はい、なんでしょう首領」
「これは任務ではないのだけれど。一つ、お願いを聞いてもらえるかな?」
「勿論、何なりと」
「脅迫、交渉、色恋。何でも良いから、彼女をポートマフィアに引き込みたい」
この発言からだ。俺の人生が変わったのは。