てにす
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
強気な視線によく似合う、自信に満ちた笑顔がすきだった。乱暴な口調、凛とのびた背筋。それでいて、優しくてあたたかいてのひら。愛の言葉を滅多にいってくれないところも、景吾らしくてだいすきだった。だからすこし、驚いたのだ。こんな時間に電話なんて、らしくない。スマートフォンの画面には、景吾の名前と現在時刻。午前1時24分。
もしもし、と急いで発した言葉はなんだかかすれてしまった。
景吾は電話もメールも日がかわれば滅多にくれない人だったから。
『悪い、寝てたか?』
「ううん、起きてたよ。景吾は?」
お前の声を聞きたくなって、なんていうわけないのはわかっていた。なんとなく流された返事を受けてもう一度思う。やっぱり、らしくない。用もないのに電話なんて、する人じゃないじゃない。と、電話の向こうから、ザアと風の音。遠くにクラクションが響く。え、景吾もしかして
「まだ外にいるの?仕事?」
『いや違う。今日は切り上げて明日出社することにした』
「土曜日なのに、大変だね、忙しいの?」
『なあ、俺、今お前んち前にいんだけど』
そう言われて理解するまでに一拍。それからはじかれたようにドアを開けた。部屋の前の階段の下に、コートにマフラー、いつもの通りかっちりとスーツを着た景吾が立っていた。
『不用心な女だな。夜中気軽にドア開けんじゃねえよ』
スマートフォンを耳にあてたまま、革靴をカツンと小さく響かせて、景吾はわたしとの距離をつめた。本当にいつもの通りの仕草でスマートフォンを鞄にしまう。促されるままに部屋に入ると、スリッパを出すよりも早く。
「突然来てごめん」
やっぱりのらしくない言葉と共に、抱きしめられていた。
ふわりとコーヒーの香りがかすめる。背中越しに感じるコートも、ほっぺたをかすめる景吾の髪もひどく冷えていた。
「ねえ景吾、ちょっとあったまったほうが」
無理に腕の中で体を反転させてそう訴える。背中にまわした手で体をさすると、ぎゅうと更に力を込められた。
「うん」
ぎゅうう。圧力が増す。返事と行動があってないよ!景吾!ぐぐぐと腰をしめられて踵がもちあがりそうになる。すん、と鼻を鳴らして首に鼻先を押し付けられる。冷たい。
「ちょっと、ちょっと苦しい」
「お前あったけえな」
「景吾が冷えてるんだよ!」
「少し太ったんじゃねえのか」
もう!と背中をぶつとようやく景吾は離れていった。クツクツとおかしそうにわらう。
「コートとジャケット、かけとくよ」
受け取ったコートは重たい。ジャケットは景吾の体温ですこしだけ暖かで、すこしだけほっとする。なにかあったんだろうな、仕事かな。あまりそういう感情を表に出す人じゃないからすこしびっくりしたけど。心配もしたけど。同時に嬉しいのも確かだった。甘えるのはいつだってわたしで、支えてもらってるのもいつだってわたしで、だからすこしでも頼りにされてるとわかるのは、どうしようもなく嬉しかったのだ。
「ねえ景吾、ほんとに、はやくあったまったほうが」
振り返ると無表情な視線とぶつかる。景吾、と名前を呼ぶ前に、大股で一歩。景吾が近付く。だから大急ぎでコートとジャケットをかけた、のに。
「ばかだな」
手首を冷たい指に掴まれて、強い力で引き寄せられる。バサバサと預かっていたコートもジャケットも落ちてしまった。皺になる。
「暖はお前でとるよ」
ひっぱられたせいでもつれる足で、抵抗もできないままに廊下の隅に追いやられる。背中には壁。手首を掴んでいた指はするりとすべって、大きく開く。両ゆびをからめるように手を握って、壁にはりつけられた。
「お前なんで起きてんだよ」
え、と見あげると、眉間に皺。必死な色を浮かべた目。ぐ、とさらに近づく。押し付けられた手がいたい。
「都合よく部屋にあげたりすんなよ、俺を」
「けい」
ご、の一音は、飲み込まれてしまった。前触れもなく、噛み付くように唇がぶつかる。舌が歯の間を割り込んで進む。景吾らしくない、気の急いたキス。らしくない、に、今だけはごくんと喉が鳴る。
景吾の様子がおかしいのはわかってる、わかってるけど、性急さがいとおしい。す、と掌から力を抜くと、滑るように静かに動いた景吾の指は、頬をなぞり、髪をかきあげる。唇が離れると同時に今度は勢いよく頭をかかえるように抱きしめられた。なにも言わないから、なにも言わずに景吾を待つ。どくんどくんと、心臓の音がきこえる。
「ほんとにあったけえなお前」
「景吾が冷たいのは外にいたからでしょ」
ベストのつるりとした感触を楽しみながら、さするように背中を撫でる。元気をだして、わたしでよければ話を聞くから、思いながら上に下にと。ベストとワイシャツの先の肌にまで、熱が伝わればいいんだけど。
「景吾」
「ん?」
「部屋に行こうよ、ほんとに風邪ひくよ」
ぎゅ、と頭から背中におりてきた腕が力を込める。お腹に伝わる振動で、わらっているのだと気付く。
「お前があったけえから平気だって」
「もう、景吾!」
「怒るなよそんなに。悪いことじゃないだろ。太ったのは事実かもしんねえけどな」
瞬間、ぱ、と離れて触れるだけのキス。わたしのおでこと自分のおでこを付けて、吐息だけで笑う。
「べつに太ったからって愛想尽かしたりしねえよ俺は」
頬をつうと撫でられる。
「度が過ぎたら苦言を呈するかもしれねえけどな」
もう一度。ちゅ、と軽いキスを落とすと、手首を掴んでようやく景吾は部屋にむかった。ベストの中の背筋は伸び、ベッドの前で振り返った、自信をたたえた目は優しい。
「あっためてくれんだろ」
どうせなら全身頼むぜ、と。驚くほど上手にベッドに押し倒される。覆いかぶさるように真上から見つめられて、前髪が額にかかる。くすぐったくて、嬉しい。元気はでたかな、すこしくらいは。景吾が元気になってくれるならなんだってできるんだよ、わたし。
「なあ」
呼ばれた声に、目を合わせる。不意に顔をしかめると、ごめん、唇の形だけで景吾はそう言った。
「なにが?」
「なにって」
「夜更かししてただけだよ、わたし」
ふ、と笑って、おでこにキスをひとつ落としてくれる。ごろんと横になって、ようやくわたしの背中に手をのばした。
「お前が起きてて助かった」
今日何度目かの、ぎゅう。髪に顔をうずめて、小さくつぶやく。その響きにぐわんと感情がこみあげる。めまいがするほどのどうしようもないいとしさに、ぎゅうとわたしからも力を込めた。
ああ、そういえば、コートもジャケットも皺になっちゃう。まだきてるそのベストも、ハンガーにかけておくべきだったのに、もう。そういうところが景吾らしい、というのか、らしくないというのか。もう、景吾はほんとうに、ばか。
もしもし、と急いで発した言葉はなんだかかすれてしまった。
景吾は電話もメールも日がかわれば滅多にくれない人だったから。
『悪い、寝てたか?』
「ううん、起きてたよ。景吾は?」
お前の声を聞きたくなって、なんていうわけないのはわかっていた。なんとなく流された返事を受けてもう一度思う。やっぱり、らしくない。用もないのに電話なんて、する人じゃないじゃない。と、電話の向こうから、ザアと風の音。遠くにクラクションが響く。え、景吾もしかして
「まだ外にいるの?仕事?」
『いや違う。今日は切り上げて明日出社することにした』
「土曜日なのに、大変だね、忙しいの?」
『なあ、俺、今お前んち前にいんだけど』
そう言われて理解するまでに一拍。それからはじかれたようにドアを開けた。部屋の前の階段の下に、コートにマフラー、いつもの通りかっちりとスーツを着た景吾が立っていた。
『不用心な女だな。夜中気軽にドア開けんじゃねえよ』
スマートフォンを耳にあてたまま、革靴をカツンと小さく響かせて、景吾はわたしとの距離をつめた。本当にいつもの通りの仕草でスマートフォンを鞄にしまう。促されるままに部屋に入ると、スリッパを出すよりも早く。
「突然来てごめん」
やっぱりのらしくない言葉と共に、抱きしめられていた。
ふわりとコーヒーの香りがかすめる。背中越しに感じるコートも、ほっぺたをかすめる景吾の髪もひどく冷えていた。
「ねえ景吾、ちょっとあったまったほうが」
無理に腕の中で体を反転させてそう訴える。背中にまわした手で体をさすると、ぎゅうと更に力を込められた。
「うん」
ぎゅうう。圧力が増す。返事と行動があってないよ!景吾!ぐぐぐと腰をしめられて踵がもちあがりそうになる。すん、と鼻を鳴らして首に鼻先を押し付けられる。冷たい。
「ちょっと、ちょっと苦しい」
「お前あったけえな」
「景吾が冷えてるんだよ!」
「少し太ったんじゃねえのか」
もう!と背中をぶつとようやく景吾は離れていった。クツクツとおかしそうにわらう。
「コートとジャケット、かけとくよ」
受け取ったコートは重たい。ジャケットは景吾の体温ですこしだけ暖かで、すこしだけほっとする。なにかあったんだろうな、仕事かな。あまりそういう感情を表に出す人じゃないからすこしびっくりしたけど。心配もしたけど。同時に嬉しいのも確かだった。甘えるのはいつだってわたしで、支えてもらってるのもいつだってわたしで、だからすこしでも頼りにされてるとわかるのは、どうしようもなく嬉しかったのだ。
「ねえ景吾、ほんとに、はやくあったまったほうが」
振り返ると無表情な視線とぶつかる。景吾、と名前を呼ぶ前に、大股で一歩。景吾が近付く。だから大急ぎでコートとジャケットをかけた、のに。
「ばかだな」
手首を冷たい指に掴まれて、強い力で引き寄せられる。バサバサと預かっていたコートもジャケットも落ちてしまった。皺になる。
「暖はお前でとるよ」
ひっぱられたせいでもつれる足で、抵抗もできないままに廊下の隅に追いやられる。背中には壁。手首を掴んでいた指はするりとすべって、大きく開く。両ゆびをからめるように手を握って、壁にはりつけられた。
「お前なんで起きてんだよ」
え、と見あげると、眉間に皺。必死な色を浮かべた目。ぐ、とさらに近づく。押し付けられた手がいたい。
「都合よく部屋にあげたりすんなよ、俺を」
「けい」
ご、の一音は、飲み込まれてしまった。前触れもなく、噛み付くように唇がぶつかる。舌が歯の間を割り込んで進む。景吾らしくない、気の急いたキス。らしくない、に、今だけはごくんと喉が鳴る。
景吾の様子がおかしいのはわかってる、わかってるけど、性急さがいとおしい。す、と掌から力を抜くと、滑るように静かに動いた景吾の指は、頬をなぞり、髪をかきあげる。唇が離れると同時に今度は勢いよく頭をかかえるように抱きしめられた。なにも言わないから、なにも言わずに景吾を待つ。どくんどくんと、心臓の音がきこえる。
「ほんとにあったけえなお前」
「景吾が冷たいのは外にいたからでしょ」
ベストのつるりとした感触を楽しみながら、さするように背中を撫でる。元気をだして、わたしでよければ話を聞くから、思いながら上に下にと。ベストとワイシャツの先の肌にまで、熱が伝わればいいんだけど。
「景吾」
「ん?」
「部屋に行こうよ、ほんとに風邪ひくよ」
ぎゅ、と頭から背中におりてきた腕が力を込める。お腹に伝わる振動で、わらっているのだと気付く。
「お前があったけえから平気だって」
「もう、景吾!」
「怒るなよそんなに。悪いことじゃないだろ。太ったのは事実かもしんねえけどな」
瞬間、ぱ、と離れて触れるだけのキス。わたしのおでこと自分のおでこを付けて、吐息だけで笑う。
「べつに太ったからって愛想尽かしたりしねえよ俺は」
頬をつうと撫でられる。
「度が過ぎたら苦言を呈するかもしれねえけどな」
もう一度。ちゅ、と軽いキスを落とすと、手首を掴んでようやく景吾は部屋にむかった。ベストの中の背筋は伸び、ベッドの前で振り返った、自信をたたえた目は優しい。
「あっためてくれんだろ」
どうせなら全身頼むぜ、と。驚くほど上手にベッドに押し倒される。覆いかぶさるように真上から見つめられて、前髪が額にかかる。くすぐったくて、嬉しい。元気はでたかな、すこしくらいは。景吾が元気になってくれるならなんだってできるんだよ、わたし。
「なあ」
呼ばれた声に、目を合わせる。不意に顔をしかめると、ごめん、唇の形だけで景吾はそう言った。
「なにが?」
「なにって」
「夜更かししてただけだよ、わたし」
ふ、と笑って、おでこにキスをひとつ落としてくれる。ごろんと横になって、ようやくわたしの背中に手をのばした。
「お前が起きてて助かった」
今日何度目かの、ぎゅう。髪に顔をうずめて、小さくつぶやく。その響きにぐわんと感情がこみあげる。めまいがするほどのどうしようもないいとしさに、ぎゅうとわたしからも力を込めた。
ああ、そういえば、コートもジャケットも皺になっちゃう。まだきてるそのベストも、ハンガーにかけておくべきだったのに、もう。そういうところが景吾らしい、というのか、らしくないというのか。もう、景吾はほんとうに、ばか。
1/2ページ