ズルい大人
ガラスの無い小さな窓からは、ひさしでは防げなかった横やりの雨が降り込んでいる。
山で見つけた掘っ立て小屋は、もう何年も使われていないのか、随分と古びていた。
それでも、雨宿りと疲れた身体を休ませるには十分だった。
中忍、最後の任務。
里に戻れば、昇格の通達が出るはずだ。
師であるミナトとのツーマンセルは、次期火影と噂されるだけあって、任務の内容はそれなりにきつい。
それを補佐できる、まだ子供のカカシが高く評価されるのは、当然の事だった。
「慌てて帰る必要も無いからね。カカシも疲れただろ?」
すっかり濡れて重くなったベストと、色が変わってしまったアンダーシャツを、無駄のない動きでミナトは脱いだ。
鍛えられた身体は、決して筋肉質ではないが細過ぎもせず、綺麗な線を描いていた。
里一番の強さを誇る忍の、若く美しい肉体。
「カカシは脱がないのかい? 夏とはいえ、そのままでは身体が冷えてしまうよ」
ジッと見つめていたところを急にこちらを向かれ、カカシは真っ赤に顔を染めた。が、口布のおかげで上手く隠す事ができた。
それを脱げとミナトは言う。
普段から人前では顔を見せないようにしている。先生だって分かっているはずなのに。
「忍としての心構えは立派だけど、素顔を知っているオレに今更隠す必要はないよね。カカシのことは、何でも知っているのだから」
何でも……。
殊更強調されて言われた気がした。
「それとも、今顔を見られてしまったら、何か不味い事でもあるのかい?」
そう言い、目を細めてくすくす笑う。
ああ、そうだ。
先生はオレの事を、何でも知っている。
オレが先生に抱いている、この感情だって……。
カカシはミナトに背を向け、アンダーシャツを脱いだ。
二つに折り畳んで絞ると、水滴がポタポタと落ちた。
「違うよ」
ミナトはカカシの背後にぴたりと立つ。
「手の向きは、こっち」
そして手を取り、上から握った。
重ねられた、指。
触れる、背中。
ミナトの肌と接触している箇所が、熱を持つ。
ジンジンと燃えるように、熱く。
一人では、立っていられない程に……。
ぴちゃぴちゃ。
先程より多い水滴がしたたり落ちた。
「ほらね、よく絞れた」
ミナトはスッとカカシから離れた。
取り残された熱が行き場を失う。
ああ、ズルい。
オレの気持ちを知っているのに。
ミナトは背嚢から、薄手のブランケットを取り出した。
「こっちにおいで」
濡れていない床を選んで腰を下ろす。
言われた通りに、カカシもミナトの傍に座った。直ぐにブランケットをかけられ、細い肩を抱き寄せられる。
「少し休もう」
耳元で響く、ミナトの穏やかな声。
少し湿った金色の髪が、カカシの頬で揺れる。こそばゆくて、カカシは顔を上げた。
間近にあったのは、端整な顔。
青い瞳は閉ざされていた。
同じ様に閉じた、赤く薄い唇。
カカシは暫く眺めた。
おもむろに首を伸ばす。
そして、赤い方に、そっと触れてみた。
ミナトは反応しない。
やがて小さな寝息が聞こえる。
本当にズルい。
先生程の忍が、無防備に眠る事なんてあり得ないのに。オレの気持ちを知っていて、知らない振りをする。
ズルい先生。
ザーザーと聞こえ続ける雨音。
カカシは徐々にまどろみ始める。
……今日は疲れた。
許されるならばと、カカシはミナトの肩に頭を預ける。
肩に置かれた手の力が強くなるのを、遠のく意識の中で感じながら。
終わり
山で見つけた掘っ立て小屋は、もう何年も使われていないのか、随分と古びていた。
それでも、雨宿りと疲れた身体を休ませるには十分だった。
中忍、最後の任務。
里に戻れば、昇格の通達が出るはずだ。
師であるミナトとのツーマンセルは、次期火影と噂されるだけあって、任務の内容はそれなりにきつい。
それを補佐できる、まだ子供のカカシが高く評価されるのは、当然の事だった。
「慌てて帰る必要も無いからね。カカシも疲れただろ?」
すっかり濡れて重くなったベストと、色が変わってしまったアンダーシャツを、無駄のない動きでミナトは脱いだ。
鍛えられた身体は、決して筋肉質ではないが細過ぎもせず、綺麗な線を描いていた。
里一番の強さを誇る忍の、若く美しい肉体。
「カカシは脱がないのかい? 夏とはいえ、そのままでは身体が冷えてしまうよ」
ジッと見つめていたところを急にこちらを向かれ、カカシは真っ赤に顔を染めた。が、口布のおかげで上手く隠す事ができた。
それを脱げとミナトは言う。
普段から人前では顔を見せないようにしている。先生だって分かっているはずなのに。
「忍としての心構えは立派だけど、素顔を知っているオレに今更隠す必要はないよね。カカシのことは、何でも知っているのだから」
何でも……。
殊更強調されて言われた気がした。
「それとも、今顔を見られてしまったら、何か不味い事でもあるのかい?」
そう言い、目を細めてくすくす笑う。
ああ、そうだ。
先生はオレの事を、何でも知っている。
オレが先生に抱いている、この感情だって……。
カカシはミナトに背を向け、アンダーシャツを脱いだ。
二つに折り畳んで絞ると、水滴がポタポタと落ちた。
「違うよ」
ミナトはカカシの背後にぴたりと立つ。
「手の向きは、こっち」
そして手を取り、上から握った。
重ねられた、指。
触れる、背中。
ミナトの肌と接触している箇所が、熱を持つ。
ジンジンと燃えるように、熱く。
一人では、立っていられない程に……。
ぴちゃぴちゃ。
先程より多い水滴がしたたり落ちた。
「ほらね、よく絞れた」
ミナトはスッとカカシから離れた。
取り残された熱が行き場を失う。
ああ、ズルい。
オレの気持ちを知っているのに。
ミナトは背嚢から、薄手のブランケットを取り出した。
「こっちにおいで」
濡れていない床を選んで腰を下ろす。
言われた通りに、カカシもミナトの傍に座った。直ぐにブランケットをかけられ、細い肩を抱き寄せられる。
「少し休もう」
耳元で響く、ミナトの穏やかな声。
少し湿った金色の髪が、カカシの頬で揺れる。こそばゆくて、カカシは顔を上げた。
間近にあったのは、端整な顔。
青い瞳は閉ざされていた。
同じ様に閉じた、赤く薄い唇。
カカシは暫く眺めた。
おもむろに首を伸ばす。
そして、赤い方に、そっと触れてみた。
ミナトは反応しない。
やがて小さな寝息が聞こえる。
本当にズルい。
先生程の忍が、無防備に眠る事なんてあり得ないのに。オレの気持ちを知っていて、知らない振りをする。
ズルい先生。
ザーザーと聞こえ続ける雨音。
カカシは徐々にまどろみ始める。
……今日は疲れた。
許されるならばと、カカシはミナトの肩に頭を預ける。
肩に置かれた手の力が強くなるのを、遠のく意識の中で感じながら。
終わり
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