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*狂気の宴

「ふ、ぁん……」

処置室にある簡易ベッドのスプリングが震動に耐えかね、キシキシと小さな悲鳴を上げていた。
先刻まで治療をしていた事を知らしめるかのように、消毒液の臭いが鼻に付く。

「かぐら、目を開けろ」

白い身体に覆いかぶさる屍澄真は、緩く波打つ長い髪を揺らしながら命じた。
重そうに瞼を持ち上げたかぐらの虚ろな目は、涙で溢れている。
濡れた瞳に映し出された歪んだ自分の姿を見て、屍澄真は満足気に笑みを浮かべた。

珍しい、薄紅梅色の瞳。

かつて、里同士で殺し合いをさせ”血霧の里”の名を広く世に知らしめた、四代目水影。
大人たちが言う。かぐらの目はあの人殺し”やぐら”と同じだ、と。

狂気の瞳。


真剣を握るとかぐらはまるで別人のように変わり、常軌を逸した剣士になる。
アカデミーでの演習中、無気力となった同期相手に本気で刃を向けた。

優秀な生徒であったが、祖父やぐらの負い目から、普段は人との関わりを極力さけていたかぐら。
大人しく、目立たぬように。

しかし、自分の意思では抑えられない二面性が顔を出す。
目の色を変え、殺気をまとい斬りかかった。
騒然となる場内。

身体が勝手に動いていた。と、同時に真っ赤な血が吹き出した。
鋭い痛みよりも、至極の快感が屍澄真の全身を走り抜ける。
切り裂かれた胸の傷を見て、ゾクゾクした。

これが、血を欲する者の刃。
人斬り、やぐらの刃。

狂った血を受け継いだ、かぐらの刃。



傷の手当が済み医師が去った後も、かぐらは処置室に残っていた。
屍澄真が腰かけているベッドから少し離れた扉の前で、罪の意識にさいなまれるように立ちつくしていた。

「ごめんなさい、先輩。オレ……」

人斬りの激しい瞳は消えている。

違うだろ、かぐら。お前はもっと、狂っているんだろう?
もっとオレに感じさせてくれ、もっと味わわせてくれ、やぐらの狂気の血を!

怯えた瞳のかぐらを組み敷くことは、人形を相手にするように簡単だった。
逃げもしない。抗いもしない。
まだ熟していない身体は、何をされているのかさえ分かっていないのかもしれない。
ただ、涙を流すだけ。


瞳に溢れる雫に映る、歪んだ己の姿。

干柿の血筋も、また血を求めた。まさしく人として歪んでいる。
殺し合ってこそ、生きている事を実感できるのだ。
メイや長十郎が仕切るこの生温いご時世に、自分の居場所などない。

やぐらの恐怖政治をもう一度!!

かぐらの立てていた両膝を左右に拡げ、より奥に屍澄真は腰を押し入れた。

「ああっ!」

その衝撃に思わず、かぐらは屍澄真の胸を強く叩く。
巻かれた白の包帯が、赤いシミを滲ませた。

「屍澄真、せん、ぱい……」

もともと無茶をし過ぎて、傷口が開きかけていたのだろう。
そうとは知らず、かぐらは自分のせいだと責め、一層怯えた瞳で屍澄真を見上げた。
白い顔が、更に白く青ざめていく。
屍澄真は震える頬に手を添えてやる。

「そんな顔をするな、かぐら。お前が苦しむ必要などない」

お前は崇拝する、やぐらの孫なのだから。
狂ったお前のままでいい。
ああ、お前に流れるやぐらの血が、オレの体内に入りぐちゃぐちゃに混ざりあったら、どんなに気持ちがいいだろう。

「んっ!」

かぐらの柔らかな唇に、鋭い歯を立てた。
赤い珠がみるみる浮かび上がっていく。
こぼれ落ちる前に屍澄真は指先で拭い取り、滲む胸の血に塗りたくった。

それだけでイキそうになる。

「オレならお前を分かってやれる。守ってやれる。なあ、かぐら」

オレを見ろ。オレだけを見ろ。

激しく揺さぶられ喘ぐかぐらを、支配者のように見下ろした。

お前を離さない。
お前はオレの、綺麗なお人形さんなんだよ。かぐら。

「……んああっ!」



まだ足りない。もっと、もっと。

血に飢えた屍澄真は、かぐらの唇を貪り続ける。



狂気の夜は終わらない。




終わり
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