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病い

 酷く頭が痛い。

 確かにここ数日は体調が悪かったが、まさか寝込む事になるとは思いもしなかった。身体が資本だと言うのに、一体何をしているんだ。

 カカシは節々に痛みを感じながら、自己嫌悪に陥る。
 目線だけを上に向けると、頭上の窓からはオレンジ色の空が見えた。

 もう任務は終わったのだろうか……。

 ケホッ、ケホッ、と乾いた咳が止まらない。
 もう一度眠る為、カカシは布団を被り直しゆっくりと目を閉じた。



 ぼんやりしだした頃、トントン、と窓ガラスを叩く音が微かに響いた。

「カカシ、生きてるか?」

 音を立てぬよう、控えめに窓が開く。
 重たい瞼を持ち上げると、こちらを見ていたオビトと目が合った。

「な~んだ。生きてんじゃん」

 相手が起きていたと分かると、抑えていたオビトの声量が上がった。
 器用にサンダルを足だけで脱ぎ、お邪魔しま~すと窓の桟をまたいで部屋に上がり込んできた。手に袋をぶら下げて。

「……何で来たんだよ。帰れ」
 掠れた声がやっと出る。
「はあ?! 人が親切に来てやったのに。その言い方はないだろ」
 オビトはどさりと音を立て、テーブルに袋を置いた。
「違う。うつっちゃうから……ッコホッ」
 口布はしていたが、とっさに布団で口を覆う。

「オイ、大丈夫か? てか、結構しんどそうだな」
「だから、うつる前に帰れって」
 カカシは布団から目だけを覗かせ訴えた。だけどオビトは指で鼻をこすり、ふふんとドヤ顔をする。
「オレは大丈夫! 軟弱なお前と違って、丈夫な身体だからな。へへ、普段の鍛え方が違うんだよ」
「ああ、そう……」
「何だよっ、バカは風邪を引かないって言いたいのか?!」
 カカシは溜め息をついた。
 誰もそんな事言っていないのに。……コイツといると疲れる。

 しかしそう思いながらも、先ほどまで遮断された世界に独りぼっちでいたのが、いつもの賑やかな日常に戻れた様で、カカシはどこか安堵を覚えた。

「せっかくお見舞い持ってきたのによ。これ、リンから」
 唇を尖らせたオビトは、袋から真っ赤なリンゴをひとつ取り出す。
「お前知らないだろ? 一日一個のリンゴは医者知らずって言うんだぜ」
「言ったのは、リンでしょ?」
「うっ、うるさいな! 誰が言ったかなんていいんだよ」
 相変わらずの騒がしいオビトの反応に、次第に笑いがこみ上げてきた。

「ふふ、そうだね。ありがと……コホッ」
 カカシはゆっくりと、布団から上体を起こした。
「起きていいのか?」
「うん、ちょっと元気が出た」
「そっか」
 カカシの返事でオビトも気分が良くなり、目を細めニッと笑った。

「あ、そうだ。夜にミナト先生が様子見に来るってさ。本当はカカシの症状が分かるまで、オレ達に家に行かないように言ってたんだけどな」
 けれど、あまりにもリンが心配するので、二人でこっそりお見舞いに行く約束をした。が、リンは都合でいけなくなり、カカシに食べさせて! といっぱいのリンゴをオビトに託したそうだ。

 そこから話は、本日の任務へと移った。
 途中、他里の忍と遭遇してしまった事。ミナトの瞬身の術を間近で見て興奮した事。書状を無事届けることができた事。
 オビトは身振り手振りを交えながら、今日あった出来事を熱く語った。

「オレも大活躍だったんだからな。お前にもオレの勇姿を見せてやりたかったぜ」
 誇らしげなオビトの話をカカシは相槌を打って聞いていた。けれど楽しそうなオビトを見ているうちに、また独り取り残された感覚になり気持ちが沈んでいった。

「お前がいなくても、ちゃーんと……」
 そんな表情にオビトは気付いた。笑みを浮かべてはいるが、寂しげなカカシの横顔。
 いつもは上から目線で、自信に満ち、生意気な態度なくせに。……やっぱ身体が弱っているからだろうか?

「ま、三人でもできたけど、お前がいたら、その、もっと、早く里に帰れたかも……な」
 カカシをフォローしている自分。らしくないな、とオビトは思った。
 それはカカシも同じだったようで、ちょっと驚いた顔をする。

「オビト。気持ち悪い……」
「はああ?? お前な! 病人だからこっちが下手に出ていれば!!」
 カカシはプッと吹き出した。
「あはは、ッコホッ、コホッ。うそうそ、ごめん」
 笑顔になったカカシにオビトは文句が言えなくなる。いや、言う必要がなくなった。

「オレも早く、任務に行きたい。四人でね」
 いつもと違う状況だからなのか。今日は二人とも、不思議と素直に振る舞う事ができた。
 穏やかに流れていく時間。

「その為にも早く良くならないとな。ほら、リンゴ。剥いてやる」
「剥けるの?」
「任せとけって」
 そう言ってオビトはリンゴを持って台所へ向かった。ガチャガチャと派手な音を立てたかと思うと、うわっ! 危ね~、やばっ! と声が漏れてくる。だから戻ってきたオビトの指が十本あった事に、カカシは内心ほっとした。

「ほら」
 皮が剥かれたリンゴは、ちょっといびつな形だった。
 渡された皿から、カカシはリンゴを刺した爪楊枝をつまむ。口布を下ろし一口かじった。
 ゆっくりと咀嚼する。シャリシャリとみずみずしい音がした。乾いていた喉に、甘い汁が流れる。
「うん。美味しい」

 視線を感じた。カカシはその先を見る。そこにはポカンと口を開けたオビトがいた。
「なに?」
「……お前の顔、はじめて見た」
「そんな訳ないでしょ」

 確かに普段は極力素顔を晒さないようにしていたが、仲間には特に隠していた訳ではない。
「いや、そうなんだけど。こんなにマジマジと見たことなかったから、さ」

 ベッドの横に座り込んでいたオビトは、真剣な面持ちで見つめてくる。
「ホクロがあるんだな。知らなかった」
 ここ、と人差し指で自分の口元をオビトは差した。
「あんま見んな」
 見つめ続けられ気恥しくなり、カカシはそっぽを向いた。
「あれれ、カカシくん照れてるんですか?」

 珍しいカカシの反応が、オビトには新鮮に映った。滅多に見れないカカシの照れ顔。
「いいじゃん、こっち向けよ。もっとホクロ見せて」
 最初はほんのちょっと、からかうつもりだった。カカシに対して抱いた親近感。

「やめろって」
 オビトに腕を掴まれ、カカシは振り払うように抵抗する。その拍子に皿を滑らせてしまった。
 のっていたリンゴが布団の上をコロコロ転がる。
「わ、悪ぃ!」
 やり過ぎたと、とっさにオビトは謝った。
 見つめられたぐらいで赤くなった顔を見られたくなくて、カカシは俯いたまま落ちたリンゴを拾う。オビトも慌てて手を伸ばす。

「あっ……」
 互いの指が触れた。
 オビトはカカシの上に重ねてしまった指を直ぐに引っ込める。

 顔を上げると目が合った。とても近い距離。いつもと違う空気に二人は戸惑った。
 カカシ同様、オビトの頬も赤に染まっていく。
 先ほど抱いた親近感が、オビトの中で意識に変わる。

「あのさ、ホクロ……」
「え?」
「オレお前の事、知ってると思ったけど、意外と知らないんだな」

 オビトの指が、カカシの口元にあるホクロに触れた。
 
 ドクン、ドクン、と心臓の音が聞こえる。
 これは自分の心臓? それともオビト?

 吸い寄せられるように唇が触れた。

「お前の唇、あったかい」
 オビトが呟く。
 熱のせいなのか、それとも別の原因なのか。カカシはとろんとした瞳でオビトを見つめた。
 そんな瞳で見つめられたオビトの心臓の音は、弾むように早くなる。

「カカシ、もう一回……していい?」
 オビトはベッドに片足を乗り上げて顔を近づける。
「……うつったら、どうする、の?」
 途切れ途切れになるカカシの上擦った声。

「オレは大丈夫」
 カカシの両肩をオビトは掴んだ。
「ダメ?」

 唇にオビトの熱い吐息がかかる。見つめ合う熱い瞳。
 
 互いが熱に浮かされていた。




 数日後、カカシはいつもの日常に戻る事ができた。

 朝起き、任務に出かけ、完璧に遂行した。
 久々の外の世界。身体が軽い。


 その帰り道。
 袋をぶら下げ、とある家の窓をそっと開けた。


「オビト、生きてる?」




終わり
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