スイートチョコ
教え子は少し大人びていた。
それは、彼のたぐいまれなる忍びの才がそう思わせていたのかもしれない。
それとも、半分隠れていても人目を引く秀麗な顔立がそう見せていたのかもしれない。
書庫で巻物を探すカカシの横顔を、ミナトは窓際に立ちぼんやりと眺めていた。
十を過ぎたばかりの年端も行かぬ忍びまでが戦場に駆り出されてしまう不穏なご時世。せめて里にいる間は同年代の子のように振舞って欲しかった。
笑って、怒って。
こんな世の中だからこそ、少しの娯楽は必要だ。
どこの国から流れてきたのか、女の子から甘い贈り物をする特別な日。
「カカシは貰ったの？」
一瞬こちらを見ただけで、カカシは再び巻物が並んだ棚に目を向けた。
「何をです？」
本当は何かを分かっているのに、わざと素っ気ない態度。
「チョコだよ」
「興味ありません」
「ウソ？！ 年頃の男の子なのに？」
ミナトはわざとらしく驚いてみせた。
師は話を終わらせる気がないと察したのか、溜め息をつきカカシは渋々答えた。
「リンから貰いました」
腰のポーチから箱を取り出す。
ピンクのリボンがかかった、小さな箱。
「へえ、もう食べたのかい？」
そうは聞いたが、リボンは形良く結ばれたままになっている。
「オレ、甘いもの苦手だから」
「せっかくリンがくれたんだろ？」
「……先生にあげますよ」
「酷い事を言うね」
カカシは視線を外し、ミナトに手渡した。
「捨ててしまう方が、酷いです」
それは本心だろう。
誠実な弟子は実際、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
「全く、女泣かせだね」
ミナトはスルリとリボンをほどく。箱を開けると、丸いチョコが二つ並んでいた。
女の子の手作りチョコ。
大好きな男の子の為に作ったチョコ。
ゴミ箱行きは、あまりにも悲し過ぎる。
ミナトは一つ手に取り口に入れた。
チョコを優しく舌で転がすと、甘い香りが広がった。
「カカシ、おいで」
不審な顔をし、ややあってカカシはミナトの前に立つ。
鼻を覆っている布をつままれ口布を下ろされた。
「何す……っ」
最後まで言わせず、ミナトは少し屈み細いカカシの顎を上に向かせ、口付ける。
カカシの目は大きく見開いた。
ビックリした顔はようやく歳相応に見えるようになった、とミナトは楽しそうに目を細めた。
しかし、いつまでも視線が合っていてはやりにくい。
「目……閉じようか」
言葉を発する度に唇が触れるか触れないかの距離を取り、ミナトは小さく囁いた。
まつ毛を震わせ瞼が閉じるのを待ってから、もう一度唇を押し付ける。
キュッと固く唇を閉じるカカシが初心く可愛らしい。
ミナトは結ばれた線を、舌の先で横になぞる。
ゆっくりと、右に、左に。
何度目かで、隙間がうまれた。
更に舌を入れこじ開ける。そこへ溶けたチョコをカカシの舌に乗せてやる。
一瞬眉を寄せ、チョコを押し返してきた。それがミナトには面白く、更に深く口付け押し戻す。
口の中はチョコの香りでいっぱいになる。
甘い、甘い、恋の香り。
チョコが溶け小さく姿を変えるにつれ、お互いの舌をよりダイレクに感じるようになる。
熱に浮かされ崩れそうになる小柄なカカシの身体を、ミナトは両手で抱きとめた。
やがてチョコは姿をなくし、最後は残ったお互いの舌だけで絡め合う。
だんだんと薄れゆくチョコの香り。
ミナトは唇を離した。
瞳にも熱を帯びたカカシが、自分の足で立てるようになったのを確認してミナトは訊ねた。
「チョコ、美味しかっただろ？」
「……よく分かりません」
カカシは手の甲で口端を拭う。
「リンの思いがこもったチョコだよ。キミが食べなさい」
ミナトは小さな箱をカカシに返した。
暫くミナトを凝視したカカシは無言で受け取り、再びポーチにしまった。そして口布を上げ、ミナトに背を向ける。
あれだけ長い時間探していた巻物をカカシはすぐに選び棚から取り出した。まるで最初からその場所を知っていたかのように。
「これ、お借りしていいですか」
「ん？ もう見つけたのかい」
「はい」
カカシは大股で扉に向かって歩き出す。
書庫を出ていく前に振り返り、恨めしそうに睨んできた。
その顔を見て吹き出しそうになるのを、ミナトは懸命にこらえる。
取り澄ました顔より、よっぽど子供らしくていいいじゃないか。
カカシがこんなにも自分に感情を出してくれるのが嬉しかった。
「先生」
「ああ、何だい？」
「チョコが口に付いてます。ホント子供みたい」
捨て台詞のように言い放ち、カカシは扉を思いっきり閉めた。
ピシャリと音を立てた扉をミナトは見ていた。
「……オレが子供？」
親指でなぞるとうっすらと色の線がついた。
あれはせっかく貰ったチョコなのだから、カカシに食べさせたくてとった手段だ。
唇をあてがい指を舐めると、消えたチョコの甘い香りがよみがえる。
けれど本当は、カカシとキスしたいが為に理由を作ったとしたのなら……。
今度は舌を出して親指を舐め取った。
口付けの余韻に浸るように。
「だとしたら、確かにカカシよりオレの方が子供だな」
明日はどうやってカカシの機嫌を直したら良いものやら、と苦笑しながらミナトは書庫を後にした。
終わり
それは、彼のたぐいまれなる忍びの才がそう思わせていたのかもしれない。
それとも、半分隠れていても人目を引く秀麗な顔立がそう見せていたのかもしれない。
書庫で巻物を探すカカシの横顔を、ミナトは窓際に立ちぼんやりと眺めていた。
十を過ぎたばかりの年端も行かぬ忍びまでが戦場に駆り出されてしまう不穏なご時世。せめて里にいる間は同年代の子のように振舞って欲しかった。
笑って、怒って。
こんな世の中だからこそ、少しの娯楽は必要だ。
どこの国から流れてきたのか、女の子から甘い贈り物をする特別な日。
「カカシは貰ったの？」
一瞬こちらを見ただけで、カカシは再び巻物が並んだ棚に目を向けた。
「何をです？」
本当は何かを分かっているのに、わざと素っ気ない態度。
「チョコだよ」
「興味ありません」
「ウソ？！ 年頃の男の子なのに？」
ミナトはわざとらしく驚いてみせた。
師は話を終わらせる気がないと察したのか、溜め息をつきカカシは渋々答えた。
「リンから貰いました」
腰のポーチから箱を取り出す。
ピンクのリボンがかかった、小さな箱。
「へえ、もう食べたのかい？」
そうは聞いたが、リボンは形良く結ばれたままになっている。
「オレ、甘いもの苦手だから」
「せっかくリンがくれたんだろ？」
「……先生にあげますよ」
「酷い事を言うね」
カカシは視線を外し、ミナトに手渡した。
「捨ててしまう方が、酷いです」
それは本心だろう。
誠実な弟子は実際、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
「全く、女泣かせだね」
ミナトはスルリとリボンをほどく。箱を開けると、丸いチョコが二つ並んでいた。
女の子の手作りチョコ。
大好きな男の子の為に作ったチョコ。
ゴミ箱行きは、あまりにも悲し過ぎる。
ミナトは一つ手に取り口に入れた。
チョコを優しく舌で転がすと、甘い香りが広がった。
「カカシ、おいで」
不審な顔をし、ややあってカカシはミナトの前に立つ。
鼻を覆っている布をつままれ口布を下ろされた。
「何す……っ」
最後まで言わせず、ミナトは少し屈み細いカカシの顎を上に向かせ、口付ける。
カカシの目は大きく見開いた。
ビックリした顔はようやく歳相応に見えるようになった、とミナトは楽しそうに目を細めた。
しかし、いつまでも視線が合っていてはやりにくい。
「目……閉じようか」
言葉を発する度に唇が触れるか触れないかの距離を取り、ミナトは小さく囁いた。
まつ毛を震わせ瞼が閉じるのを待ってから、もう一度唇を押し付ける。
キュッと固く唇を閉じるカカシが初心く可愛らしい。
ミナトは結ばれた線を、舌の先で横になぞる。
ゆっくりと、右に、左に。
何度目かで、隙間がうまれた。
更に舌を入れこじ開ける。そこへ溶けたチョコをカカシの舌に乗せてやる。
一瞬眉を寄せ、チョコを押し返してきた。それがミナトには面白く、更に深く口付け押し戻す。
口の中はチョコの香りでいっぱいになる。
甘い、甘い、恋の香り。
チョコが溶け小さく姿を変えるにつれ、お互いの舌をよりダイレクに感じるようになる。
熱に浮かされ崩れそうになる小柄なカカシの身体を、ミナトは両手で抱きとめた。
やがてチョコは姿をなくし、最後は残ったお互いの舌だけで絡め合う。
だんだんと薄れゆくチョコの香り。
ミナトは唇を離した。
瞳にも熱を帯びたカカシが、自分の足で立てるようになったのを確認してミナトは訊ねた。
「チョコ、美味しかっただろ？」
「……よく分かりません」
カカシは手の甲で口端を拭う。
「リンの思いがこもったチョコだよ。キミが食べなさい」
ミナトは小さな箱をカカシに返した。
暫くミナトを凝視したカカシは無言で受け取り、再びポーチにしまった。そして口布を上げ、ミナトに背を向ける。
あれだけ長い時間探していた巻物をカカシはすぐに選び棚から取り出した。まるで最初からその場所を知っていたかのように。
「これ、お借りしていいですか」
「ん？ もう見つけたのかい」
「はい」
カカシは大股で扉に向かって歩き出す。
書庫を出ていく前に振り返り、恨めしそうに睨んできた。
その顔を見て吹き出しそうになるのを、ミナトは懸命にこらえる。
取り澄ました顔より、よっぽど子供らしくていいいじゃないか。
カカシがこんなにも自分に感情を出してくれるのが嬉しかった。
「先生」
「ああ、何だい？」
「チョコが口に付いてます。ホント子供みたい」
捨て台詞のように言い放ち、カカシは扉を思いっきり閉めた。
ピシャリと音を立てた扉をミナトは見ていた。
「……オレが子供？」
親指でなぞるとうっすらと色の線がついた。
あれはせっかく貰ったチョコなのだから、カカシに食べさせたくてとった手段だ。
唇をあてがい指を舐めると、消えたチョコの甘い香りがよみがえる。
けれど本当は、カカシとキスしたいが為に理由を作ったとしたのなら……。
今度は舌を出して親指を舐め取った。
口付けの余韻に浸るように。
「だとしたら、確かにカカシよりオレの方が子供だな」
明日はどうやってカカシの機嫌を直したら良いものやら、と苦笑しながらミナトは書庫を後にした。
終わり
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