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遺伝子

「先生。抱いてやろうか?」

「ガキが何言ってんの」


相手をしないでいると、読んでいた本を取り上げられた。
口布を下ろされ、唇を重ねられる。


「だって、一人ぼっちで寂しいって顔してっからさ」

「そう?」

「オレ、父ちゃんに似てるだろ?」


里の英雄となったお前に、一体誰が何を吹き込んだのやら……。

ため息を大げさに吐いてみた。


空に染まった青い瞳。
鮮やかな金色の髪。

成長していく姿を間近で見て、意識せずにはいられなかった。

背中を追い続け、憧れてやまなかった、師の事を。


「どうだろう。似ているようで、似ていない。似ていないようで、似ている……のかな?」

「なんだよ、それ」

唇を尖らせ面白くなさそうな顔をする。

その顔に師の面影はない。


それはもう一人……。

負けん気が強い性格。
特徴のある喋り癖。
いつも明るかった、かの女性ひと


遺伝子って凄い、と感嘆せずにはいられない。
二人を受け継いだ姿が今、目の前にいるのだから。


オレから取り上げた本をサイドテーブルに放り投げ、身体を近づけてきた。


「なに?」

「だーからー、父ちゃんの代わりにオレが慰めてやるって」

「やっぱりお前はまだガキだね」


お前は考えなかったのか?

お前の中にいるのは、オレの愛した人だけじゃない。

オレの恋敵だった人も存在しているって事を。


恋敵……そうじゃない。

そんな恨めしい気持ちは存在しなかった。

多分オレは二人を、違った感情で好きだった。


そうでなければ今、こんなに満ちた気持ちにならないだろう。



「お前に慰めてもらわなきゃいけないほど不自由はしてないよ」

年下へ、せめてもの抗い。

「それに、お前はいいの? 身代わりなんかで」 


ニッと口端を上げ、目を細め悪戯っぽく笑う。

この顔はどちらの面影か。

いや、どちらにも似ていない。


「父ちゃんの代わりなんてウソ。"オレ"を好きにさせてやるってばよ」


力強く押された肩は、簡単にソファに倒された。




終わり
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