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少年

 はたけカカシ。

 あの白い牙と異名を持つ、はたけサクモのひとり息子。六歳にして中忍試験に受かった天才忍者。
 何かと話題に事欠かない少年だった。
 木の葉の里では珍しい銀の髪。鍛えられた細身の肢体。女のように透き通った白い肌。口布で半分ほど隠れてはいるが美しいと分かる顔立ち。
 彼の容姿もまた人目を引く要因となっていた。

 その後、非常な最期を遂げた父の死。写輪眼を授けてくれた友の死。自ら手を掛けてしまった友の死……。
 多くの死は、更に少年の存在を儚げに映し出した。

 そんな彼を好色の目で見る者は少なくなかった。
 上忍とはいえ、まだ少年。
 彼の師である波風ミナトは、常に自分の傍らにカカシを置くようになり、可能な限り任務にも同行させた。そして、夜の寝室も共にした。
 カカシはミナトの“専属”。いつからかそう囁かれるようになった。

 それでもカカシに手を出そうとする輩は完全にはいなくならなかった。
 権力を物ともせず、腕力に自信がある者が少年を襲う。
 そうして流れ出した新たな噂。
 黄色い閃光の専属に手を出すと始末される。

 奇妙な忍びの死体が見つかるようになった。
 ある時は単体、ある時は数体で。大概が、服が乱れていたり、性交をしようとしていた状態だった。酷いものは逸物が切り取られていたりした。
 殺された者の共通点は、一人の少年に目を付けていた事。
 里内で起こる忍びの殺害。本来であれば大ごとになるはずだ。しかし、全てが内々に片付けられていた。
 三代目から覚えがめでたいミナト。ミナトの師もまた伝説の三忍の一人。そして、ミナト自身の忍びとしての実力。
 ミナトにはそれだけの力があった。
 温厚な顔をして案外やる事はえげつない。
 人々はひっそりと陰口を叩いた。

 そんな事があり、暫くはカカシも平穏な日々を送る事が出来た。
 が、ある時、ミナト含む選りすぐりの上忍達が大掛かりな任務を請け負う事となった。
 粛然とした夜、カカシは男達に拉致される。三人の上忍に人里離れたあばら家へと連れ込まれてしまった。
 
 カカシは両手両足を縛られ床に座らされていた。
 面白いほど事が上手く進み、男達は上機嫌で酒を呑んでいた。

 酔いが回ってきた頃、顔を赤らめた一人の男がカカシの傍に寄り顔を覆っていた額当を外し、口布を下ろした。
 男達から感嘆の吐息が漏れる。
「ほおー。流石は男を惑わす小姓様だ。お綺麗な顔をしてやがる」
 カカシは騒ぐ事はせず唇を結んだまま、片目で静かに男達を見つめていた。
「ミナトの躾がいいのか? 随分大人しいな」
「しかしあいつ女がいるくせに、男も手放せないとは」
「いや、あの女は性格がキツイからな。従順なガキ相手じゃないと勃たなくなっちまったんだろうよ」
 男達はニヤニヤと卑劣に笑った。

「おいガキ、お前のご主人様は今頃戦地だ。今夜ばかりは助けに来やしねえ」
「お前がいい子ならオレ達は酷い事はしない。お前も独り寝じゃ寂しいだろ? お互い気持ち良くなろうぜ」
 カカシの頭を両手で強く固定し、男が酒臭い息を吐きながら顔を近付けてきた。

 深く長い口付けをされる。
 男の頭が右に左にと動く度に、クチュッと厭らしい音がした。
 今夜は楽しめそうだ、二人の男は酒を酌み交わす。
「おい、早く始めちまえ。後がつかえてるんだ」
 その時、唇を重ねていた男がカカシから勢いよく離れた。
 目を見開いた男の口元からはどす黒い色の血が流れている。

「ぐはあああっ!!」
 
 男は獣のような声を上げ、床に置いてあった酒瓶を何本もなぎ倒しながら激しく転げ回る。苦しいのか両手で喉を何度も掻きむしっている。
「おい! どうした?!」
 二人の男達は突然の出来事に為す術もない。
 男は白目を剥き出し、口から泡を吹いて息絶えた。

「あーあ。ダメだーよね、忍びがそう簡単にキスしちゃ」
 静まり返った部屋に響く、鈴を振るような少年の声。
 男達が振り向くと、立ち上がり縛られた縄を簡単に外しているカカシがいた。
「て、てめぇー何しやがった?!」
「何って、あんたこの状況から判断できないの? どう見ても“毒殺”でしょ?」
 カカシはつまらなさそうに言い放つ。そして袖で口を拭い、物言わぬ男に向け唾を吐きかけた。
「ホントはキスさせるのも嫌だったんだけど。手っ取り早く始末したかったから、しょうがなーいよね?」
 なんの悪びれる風もなく可愛らしく小首を傾げる。
「キッサマァ! ふざけやがって!!」
 怒りに任せ大柄な男がカカシに向かって突進してきた。ふわりとカカシは跳ぶ。
「なっ……」
 男の肩に腰を落としたカカシは、両脚を絡ませ半身を思いっきり捻じる。
 ギシリ。
 太いはずの男の首の骨が嫌な音を立てた。
 あの細い脚の何処にそんな力があるのか、一人生き残ってしまった男はその場にへたり込んだ。
 こいつはか弱いひよっこ上忍じゃなかったのか?!
 男が床に崩れ落ちるより先にカカシはトンと着地する。
「大した事なーいね。上忍と言ってもピンからキリまでいるわけだ。ま、今回の任務に選ばれたのは精鋭の上忍達。選ばれ無かったあんたらはクズ上忍? あっ、オレも選ばれてないから、あんたらと同じなのかな?」
 クスクスとカカシは笑う。
 勿論自分の実力が劣っているとは、この少年は微塵も思っていないだろう。

 そこで男はある考えにたどり着く。
「ま、まさか今までの忍び殺しは……」
「ん? そ。ぜーんぶオレだよ。先生に迷惑を掛けるまでもないでしょ?」
 カカシは二枚の手裏剣を片手で遊ぶように擦り合わせていた。
「ミナト先生の事、随分いろいろ言ってくれたけど。先生をあんたら下衆と一緒にしないでくれる? 先生はね、オレを抱いた事なんて一度も無いんだよ。全てオレを守る為に、悪評を受けてくれているんだから」
 言い終え無造作に軽く右手を振る。
「うあああっ!」
 ひゅっと男の両耳を黒い刃が掠めた。
「オレとしては早く先生と一つになりたいのに、ね」
 カカシは肩をすくめる。
 そして腰から短刀を取り出した。
「だから先生に触れられる前に、あんたら汚い男達にオレの身体を好きにさせることは出来ないんだよね。だって先生の為に真っ新でいたいじゃない? オレに残されたのは、もう先生だけなんだもん」
 敬慕の表情を浮かべ話すカカシは一途な恋をする少年そのものだった。それは短刀さえ持っていなければの話だが。

「また先生に怒られちゃうかな」
 カカシが男に近づいて行く。
「ま、待ってくれ! 悪かった。もう、何もしないから、許してくれ!」
 男は尻を床に擦り付け後ずさった。
「ああ……ごめんなさい、許して下さい!!」
 涙を流し大声を上げ命乞いをする。

「バイバーイ」


 男が最期に見たもの。
 それは残酷過ぎるほど綺麗な笑みを浮かべた、あどけない少年。




終わり
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