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歯医者×虫歯菌

虫歯菌はしつこくも歯医者に絡む。頬をつついたりはたいたり。
「なぁなぁ今夜だけ!今夜だけは歯磨きサボってくれよ〜」

「ダメだ。……お前作る虫歯、痛いから嫌」

「っ〜〜!」

「は?なんだ?」
虫歯菌は思わず自分がお気に入りの宿主に確かな痛みを与えたという事実に悶絶し、虫歯菌特有の愉悦が脳を走ってゾクゾクしてしまう。

「今夜だけなら大丈夫だって〜甘い物食べてよ俺ココアいれてくるから」
さらに虫歯菌はヒートアップしてしまい、歯医者はため息をつく。そして少し苛立ったように返事をする。

「……わかった。お前が歯磨きさせてくれるなら今夜はサボる」

「はぁ?いやいや無理だから歯磨きとか!俺虫歯菌だし」

「なら私も歯医者サボるとか無理だ。歯医者だからな。一回だけなんだからいいんだろう?」
虫歯菌の中に本能的な嫌悪が渦巻く。しかし、ここで獲物を逃すことこそ、虫歯菌の本能に逆らうことになってしまう。彼は細菌であり、単細胞生物なのだ。理性を獲得したとはいえ、本能に逆らえるわけもない。

「わ、わかったし。ほら」
虫歯菌は大人しく、小学六年生の少年のように口を開く。しかし歯医者は納得した様子を見せず、正座をして自らの膝をとんとんと叩く。

「……膝に頭乗せろっての?」

「歯医者でも患者を見る時は寝かせるからな。」

虫歯菌は不満そうに歯医者の膝に頭を乗せる。膝の上から見上げる歯医者の暗い顔は、なかなか不穏で虫歯菌の本能的な恐怖を煽る。

「歯ブラシ、いれるぞ」
歯医者は新品の赤色の歯ブラシとミント味のお馴染みの歯磨き粉を取り出す。天敵を目の前に何も出来ない虫歯菌は尻尾が縮んだかのように萎縮し身体を震わせる。

「歯ブラシ、怖いのか?お前」

「……まあ俺虫歯菌だから」
言い訳をするが歯医者は小さな子供を相手するかのように相手にしてくれず、初めて自分の口腔内に歯ブラシが侵入する。右下の歯に硬い毛が辺り、優しく小刻みに擦られていく。ついうっかり舌でただでさえ大嫌いな歯磨き粉に触れてしまい、吐き気が襲う。

「まっえ、も、げんかぃ……むい、らって」

「虫歯菌のくせに嘘ほど真っ白な歯だな。昔から思ってたが……歯垢も虫歯も何も無い」

(まあ虫歯と歯垢を作るそもそもの菌がいないからな……じゃなくて!やめて欲しくてもやめてくんない……頼むから早く終われ!)
虫歯菌の要望は歯医者の耳には届いているが無視される。虫歯菌は今まで自分が食い物として嘲笑ってきた歯医者嫌いの小さな子供のように恐れ、震え、涙を浮かべる。

「もうすぐ終わるからもうちょっと頑張れ。お前、甘いもの大好きだし歯磨き一切しないから人間だったら虫歯だらけだったろうな」
自分の仕事の時に患者の保護者がついてくる迷惑な嘘を、そのまま使ってやって歯医者は少し口元に笑みを浮かべる。
「そう、中切歯の間も……犬歯……は、きばになっているのか。奥歯の溝も……歯間も……人間だったら穴だらけだろうな」
シュクシュク、シャカシャカと毛先が優しく歯と歯茎を撫でる。虫歯菌はもう意識がおかしくなりそうで、ただ縮こまっていることしか出来ない。
(あああぁ……もう、ほんと、はやくおわってくれよぉ……いや……歯磨き、ほんときらい……!)

「はい終わり。口ゆすいで洗面台にペッしろ」
虫歯菌にとって奇跡の恵みのような言葉が上から降り注ぐ。口に水を入れ、泡をまとめて吐き出す。

「はーっ、はーっ……子供扱い、すんなよ……っ」

「ああ、悪い。仕事のくせだ。」

「おぇ、ほんとに吐きそうだった……なんなんだよあれ……しかも口ん中歯磨き粉の味する……!最悪じゃねえか!」
虫歯菌は急に元気になってあれこれぺちゃくちゃ喋り始める。

「普通の歯磨きだが。虫歯菌にとっては苦痛か?急に調子に乗ったな。私の膝の上ではあんなに大人しかったのに」

「黙れクソ歯医者……!うー……お前、ちゃんと歯磨きサボってくれるんだろうな?」

「それは、まあ……このまま寝るの気持ち悪いが、仕方ないな。朝一で歯磨きする。」

「こんだけやったのに朝一で歯磨きされんのかよ……!クソっほんとにもう二度とやらねぇ……」
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