☆非日常遊戯☆



薄く引いたサラダオイル。
軽く振られた塩。
双子の太陽のように、焼き上がった目玉焼きの白身を、
やや左に多めに切り分けて、完璧ッ♡、と、取り分けると、

「翼宿、パン、切れた?」

と、問うた柳宿に、

「切れたで」

と、答えた翼宿は、

「あ!!なんで6枚切りにしてンのよっ!?5枚切りにしてって言ったでしょ!!バカッ!!」

と、怒られた。

「4でも6でも8でも12でもなくって、5枚切りにしてって言ったでしょ。なんで、一回多く、パン切りナイフ、引いちゃうのよ?!」

「知らんがな。5回引いたら、6枚切りに、なっとったわ」

「なっとったわ、じゃないわよ。ンもぉ!手元見ながら切れば分かるでしょ。どこ見て、何、考えて切ると、こうなンのよッ!?」

「テレビ観ながら、切っとったわ。13星座占い」

翼宿は、パンをトースターに入れ、『5min』にセットして、言った。

「お前、魚座やったな。最下位やったで。オレ、牡羊座。一位。よっしゃ~~!!今日、いちんち、オレの言うこと聞いて、おとなしゅうしとった方がえーんとちゃうか~?!」

「13星座だったら、あんたが魚座でしょ」

「……」

「13星座なら、太陽の通り道を『黄道』って言うんだけど、アレはそれにかかる星座の位置で天命を見る西洋占星術で、一般的には12星座が有名で13星座がマイナーだけど、天文学的には13星座が正しいの。だけど、2000年前はそうじゃなかったことと、西洋では、『13』は忌み嫌われる不吉な数字だから、一般常識化してないんだけど、100年後か300年後か1000年後には、一般常識化してるかもしれないし、国境も、性別の垣根も、言語の隔たりもない、東洋と西洋の宙が狂わない限り、蠍座と射手座の間に『蛇使い座』って言うのがあって、あたしは水瓶座」 

「……」

「あんたが最下位でしょ」 

「ええっ!!??!!」

翼宿は、『証拠品X』として、検察官が提出した、『亀と蛇と像が支える盆の上に世界が乗っている』図を、『異議有り!!盆は、親指と人差し指と小指の三本指で支えるのが、スマートでクレバーで、そもそもトレンチであり、亀には折る指がなく、像には広げる指がなく、蛇にはそもそも指がなく、図は、著作権切れの使い回しである!!』と、一審二審とそれに真っ向から対立した弁護人と、全員一致でそれに評決した陪審員と、終審でも、それに最高裁判官が『無罪』を下した宗教裁判の、傍聴人のような声を上げた。

(知らんかったー)

「知らんかったー」

が、

(こいつ、頭、ええからな)

(こないだ、世界一高い山登った時も、100℃が沸点やない湯で作ったカップラーメンに、『後入れ』の液体スープ入れんの忘れたまま食い終わってもうて、バカにしてきよったし)

(世界一深い海に潜った時も、『なァ、のど乾かへん?まわり海水ばっかやし。ちょっとスタバないか見てくるわ。お前もなんか飲むやろ?店舗限定メニューあったら、それのホイップ多めの、ソース増量の、チョコチップちょい足しの、バニラシロップカスタマイズの、Lサイズでええか?』って、ジェスチャーしたら、マグネットボードに、『バカッ!!』って書いてきよったし)

翼宿は、残りのパンを、パン専用の保存袋に入れ、金色のワイヤー入りのアレで留め、思った。

(…ま、まー、ホンマは知っとったけどなァ!?)

「…ま、まー、ホンマは知っとったけどなァ!?ガキの使い座があることはぁ!?」

「蛇使い座よ」

柳宿は、コーヒーメーカーに、紙フィルターと水と、いつものブレンドコーヒーの粉を2杯、セットし、スイッチをONにして、言った。

「もー!5枚切りがよかったのに。もー!一斤、ケーキみたいな値段のパンを5枚切りにしてほしかったのに。もー!某王国の妃も、『ケーキが食べられないのなら、パンを食べればいいじゃない』って言えない値段のパンを5枚切りにして食べたかったのに」

その時、チンッ、と、トースターが鳴った。

「もーもーもー、朝っぱらから、うっさいのぉ!!ココは、朝一番の牛の乳搾り体験ができる牧場か。『ケーキが食べられないのなら、パンを食べればいいじゃない』なんて言うた、某王国の妃なんて歴史上おらんやろ」

翼宿は、焼き上がったパンの、両面の断面が白い方を柳宿の、片面の全面が耳の方を自分の、皿に置き、言った。

「5枚切りも6枚切りも変わらんやろ。なんやパンは6枚やなしに5枚に切るとケーキにでも変わるんか。パンはパンや。5も6も変わらんやろ」

「5も6も変わらないンなら、0も1も変わらなくて、12も13も変わらないから、12星座も13星座も変わらないわね」

「全然ちゃう」

その時、朝の情報番組が、5分前を告げた。

「じゃ、冷蔵庫からコンフィチュール出して。バターと一緒に、食卓に並べて」

「コンチュールってなんや?昆虫か?」

「バターの隣にあるでしょ。フレーズのコンフィチュール」

「これか?」

「逆よッ!逆隣りッ!ンもぉ!普通に考えれば分かるでしょ。それは、桃屋のごはんですよ、でしょ」

「おぉ!コッチな!コレな!…って、イチゴのジャムやんけ!イチゴジャムって言えやッ!なんやねんッ!?ナントカのコンチュールて」

「全然ちがうのー!」

その時、ピピッ、と、コーヒーメーカーが鳴った。

柳宿は、ジャムとコンフィチュールの違いを説明しながら、ふたつの、色違いのマグにコーヒーを注いだ。が、翼宿は、菅田将暉の新しいCMを見ていたので、聞いていなかった。

「いただきます」
「いただきます」

と、手を合わせ、バターとコンフィチュールがぬられたトーストを、かじる。

「ん♡」
「ん!」

と、柳宿はタレ目がちな目を、翼宿は三白眼の目を、見開き、

「美味し~♡」
「んまいな!」

と、柳宿はタレ目がちな目を、翼宿は三白眼の目を、細めた。

「カリッとした歯触りに、ふわっとした口当たり♡サクッとした歯応えと、もちっとした触感♡じゅっと滲みたバターと、とろけ合うイチゴのジャム♡イチゴジャム、耳までたっぷりぬった方が美味しいわね。もうちょっと、ぬろうかしら、イチゴジャム。翼宿、イチゴ…フレーズのコンフィチュール取って」

「もう、イチゴジャムでええやん」

柳宿は、半分ほど食べ終えたとこで、

「もう1枚、食べるでしょ?」

「おー」

半分以上食べ終えている翼宿に訊ね、

「コーヒーは?」

「んー」

「スープは?」

「んー」

と、パンを焼きながら、

「あ、翼宿、ここんとこ、ジャム付いてる」

「とって」

「もー♡」

と、世話も焼いた。

(こいつ、13星座なら、水瓶座、言うとったな)

(水瓶座って、何位や。ま、こいつが何位でも)

(こいつの機嫌が悪い時は一位でも最下位やし、こいつの機嫌がええ時は最下位でも一位やな)

と、翼宿は心の中で思った。

「ん、お前も、ここんとこ、なんか付いとるで」

「泣きボクロよ。ずっとあるでしょ」

その時、チンッ、と、トースターが鳴った。

2枚目の、バターとジャムを耳までたっぷりとぬったトーストを、
ん♡と、目を開き、美味し~♡と、目を細め、かじる柳宿に、翼宿は、問うた。

「なんで、パン、5枚切りにしたがるん?ふたりなんやから、偶数でええやん」

(奇数じゃなきゃ、分けて食べられないじゃない)

(割り切れることと、分け合えることを、同じことだと思ってるンだから)

(単純ねェ、男ってぇ)

(男だからとか女だからとかじゃなくって、好きだから、いつも少し多めにしてあげてること、ちっとも、分かってないのかしら?)

(遠慮深いのが、女なのっ)

(ま、いつも一番美味しいとこ、譲ってくれてること、ちゃーんと、分かってるからなんだけどォ)

(同じ力じゃないから、地球が止まらずに動き続けてることが、ぜーんぜん、分かってないンだから)

と、柳宿は心の中で思った。

「…全然、分かってないンだから」

「ん?分からんか?5は、2で、割り切れんで?」

「分かってるわよッ!(怒)」

「2.22222222……に、なんで?」

「なんないわよッ!あんたっ!どんな計算したら、5÷2の答えが、2.22222222……に、なんのよッ!?ちゃんとねぇ!割り切りなさいよねっ!!2で!!」

「なんでも2ィなら割り切れるもんとちゃうねん。なーんも分かってへんなァ!!柳宿様は(笑)」

「あんたがよッ!!(怒)」


半分は、はじめに割られ、半分は、
途中で割られた黄身の、目玉焼き。

カリカリのベーコンとツヤツヤのアスパラ。
添えられたミニトマト。
くし切りのオレンジと、薔薇の花弁が散った首筋。

6枚切りのトーストと、コーンスープと、
砂糖とミルク入りの甘いコーヒーが並ぶ、
愛と言う名の、完璧な食卓≪パーフェクト・ワールド≫。


The END
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