第四章 記憶
貴方のお名前は?
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カルデア内の言語は、基本的に英語で行われる。様々な国の人間が入り乱れるこの機関で、公用語として使われるのは自明の理だ。
私は英語が話せない。なのでマスターとは日本語で、フランス語が通じる人とはフランス語で話していた。サーヴァントたちは聖杯の知識なのか、多種な言語を操れるため苦労はしない。
問題は、一番の娯楽であった読書が満足にできないことだった。
資料室に立ち入ってみても、あるのは英語の本ばかり。医学はドイツ語、文学は原語で書かれている。フランス語も無くはないが、私ができるのは日常会話と簡単な手紙の文を書くことだけ。日本語に至っては一度も目にしていない。
それでも途切れ途切れで読める本を探し、数冊抱えて部屋に運び込む。読めない本は、アーチャーに読んでもらえばいいだろう。そんな思いで廊下にいた緑の外套を掴み、彼を呼び止める。
「マザーグースを読んでほしいのですが」
「なんで俺に頼むんだよ……」
「イギリスの本だし、童話から入った方が英語覚えやすいし」
ずい、と彼の目の前に差し出せば、断りきれないことを知っている。彼は渋々受け取って、森に連れて行ってくれた。
彼が根城にする場所は森の中。けれど、私と遊ぶときは出口付近にある平原にしてくれる。それはひとえに、方向音痴な私のためだ。定位置である大木の根元に腰を下ろし、彼は本を開く。私はその隣で耳を傾けた。
「それで、これの内容は知ってるんで?」
「タイトルはいくつか……けど良くわからないから、好きなとこ読んで」
「好きなとこっつったってな……。適当に開くぞ……“Who killed Cock Robin?”」
彼の声はとても心地が良い。滑舌も申し分なく、威圧感のない見た目と相まって、とても子どもに人気だ。彼はゆっくりと言葉を紡ぎ、文字をなぞっていく。おそらく、周りにいる妖精も聞き入っているだろう。
ふと、彼は私の後ろをじっと見つめ、何かを考えていた。私もその視線を辿ろうと顔を背けた瞬間、彼の口が開かれる。
「そういや、後生大事に持ってたあのトランクはどうした」
「鍵はあの人に預けてあるから、部屋に……」
いきなりなんの話だ。そう思い視線を戻すと、彼の顔が近いことに気がついた。
意味ありげに笑った彼は、私の頬を摘む。悪戯に伸ばされて、表情を崩されて、静かに涙が流れる。目覚めてからずっと情緒不安定だ。アーチャーと話すたびに、あの人のことを思い出す。それは悲しいことではなく、嬉しいことであったはずだ。
けれども彼の表情はもう、上手く読み取れなかった。
私は英語が話せない。なのでマスターとは日本語で、フランス語が通じる人とはフランス語で話していた。サーヴァントたちは聖杯の知識なのか、多種な言語を操れるため苦労はしない。
問題は、一番の娯楽であった読書が満足にできないことだった。
資料室に立ち入ってみても、あるのは英語の本ばかり。医学はドイツ語、文学は原語で書かれている。フランス語も無くはないが、私ができるのは日常会話と簡単な手紙の文を書くことだけ。日本語に至っては一度も目にしていない。
それでも途切れ途切れで読める本を探し、数冊抱えて部屋に運び込む。読めない本は、アーチャーに読んでもらえばいいだろう。そんな思いで廊下にいた緑の外套を掴み、彼を呼び止める。
「マザーグースを読んでほしいのですが」
「なんで俺に頼むんだよ……」
「イギリスの本だし、童話から入った方が英語覚えやすいし」
ずい、と彼の目の前に差し出せば、断りきれないことを知っている。彼は渋々受け取って、森に連れて行ってくれた。
彼が根城にする場所は森の中。けれど、私と遊ぶときは出口付近にある平原にしてくれる。それはひとえに、方向音痴な私のためだ。定位置である大木の根元に腰を下ろし、彼は本を開く。私はその隣で耳を傾けた。
「それで、これの内容は知ってるんで?」
「タイトルはいくつか……けど良くわからないから、好きなとこ読んで」
「好きなとこっつったってな……。適当に開くぞ……“Who killed Cock Robin?”」
彼の声はとても心地が良い。滑舌も申し分なく、威圧感のない見た目と相まって、とても子どもに人気だ。彼はゆっくりと言葉を紡ぎ、文字をなぞっていく。おそらく、周りにいる妖精も聞き入っているだろう。
ふと、彼は私の後ろをじっと見つめ、何かを考えていた。私もその視線を辿ろうと顔を背けた瞬間、彼の口が開かれる。
「そういや、後生大事に持ってたあのトランクはどうした」
「鍵はあの人に預けてあるから、部屋に……」
いきなりなんの話だ。そう思い視線を戻すと、彼の顔が近いことに気がついた。
意味ありげに笑った彼は、私の頬を摘む。悪戯に伸ばされて、表情を崩されて、静かに涙が流れる。目覚めてからずっと情緒不安定だ。アーチャーと話すたびに、あの人のことを思い出す。それは悲しいことではなく、嬉しいことであったはずだ。
けれども彼の表情はもう、上手く読み取れなかった。