サウンズオブアース
貴方のお名前は?
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暖かい陽気に包まれる午後。お昼ご飯が消化されつつあり、欠伸が止まらなくなる時間帯。
いつも通りトレーナー室に入ると、そこには見目麗しいドレスに身を包んだ担当ウマ娘がいた。
「やあディレットリチェ! どうだい、このドレスは!」
そう高らかに叫んだウマ娘——サウンズオブアースの姿はいつもとは全く違うものだった。
普段は緩く一つにまとめられている黒鹿毛は、編み込みのハーフアップに。ト音記号柄の耳カバーや羽飾りは外され、代わりに青色の石が嵌め込まれた耳飾りを付けている。
彼女の瞳と同じ色のドレスは、私服や勝負服で頑なに守られていたはずのデコルテを晒し、肩を透けたレースで覆っていた。胸から腰にかけての布はピッタリと身体のラインが出るように張り付き、腰下からは柔らかな曲線を描きながら彼女の足首までを隠している。
「綺麗だね……どうしたの、それ」
「実はドロワの参加依頼を受けてね、こうして衣装合わせをしていたというわけさ!」
彼女がクルリと踊るように回転すれば、手首から垂れた布とスカートの裾がふわりと宙に舞う。その姿はさながら雪の精霊のようで、思わず感嘆の息が漏れた。
チラリと目線をやった窓の外では桜が咲いており、麗らかな日差しで溶けてしまうのではないかと錯覚するほど美しい。
ドロワ——正式名称をリーニュ・ドロワット。毎年開催されるその行事は、ウマ娘同士が新年度を祝してプロムのようなことをする場である。
通常、卒業直前に行われるプロムと違い、学年の隔たりは特に無い。そして運営は原則生徒が主体で行うこととなっており、つまりトレーナーが入る隙はどこにも無かった。そのため詳しい内情などは、ウマ娘本人たちの口から伝え聞く程度しかわからない。
ただ参加をするからには、トレーニングとダンスの練習の兼ね合いがある。そのためトレーナーである自分に伝えてくれたのだろう。
戸棚から取り出した今月のトレーニングメニューを眺めつつ、彼女に問いかける。
「ペアダンスの相手に誘われた……ってこと?」
「スィ! 可愛らしいアニェッリノに声をかけられてね、快く引き受けさせてもらったよ!」
よく見ればシューズまでドレスに寄せた一足だ。これらを準備するには数日では足りない。かなり前から声をかけられていたのだろう。
一人で女性役を完璧に踊り切る彼女を見て、少しばかり疑問が頭に浮かぶ。常日頃から様々なウマ娘を口説きにかかっている彼女のことだ。受けるのであればきっと男性役だと思ったのだが、格好から見るとどうやらそうではないらしい。
「アースがドレスなんだね」
「そうだね、普段はズボンを履くことが多いから新鮮な気持ちさ」
「誰に誘われたの?」
そう尋ねると、彼女は素直にウマ娘の名前を口にした。しかし残念なことに、自分の知っている子ではないようだ。もしかするとアースと同じ、女子校の王子様タイプなのかもしれないと結論づける。それはそれで見てみたい。
チリチリと心臓の縁がささくれ立つのを無視して、トレーニングメニューが書かれた紙をバインダーに挟む。
「衣装合わせが終わったなら着替えておいで」
そう声をかけると、何故か彼女は花が開いたような笑顔を浮かべながら勢い良くこちらを向いた。そしてまるで舞台女優のように両手を大きく広げてポーズを決め、流れるように薄いレースに覆われた手を差し出してきた。
その仕草があまりにも様になっていて、思わず息を呑む。彼女はそのまま私の手を取ると、恭しく頭を下げた。そして上目遣いでこちらを見ながら口を開く。
「私と一緒に踊ってくれませんか?」
そう言いながらこちらを覗く水色の瞳はじんわりとした熱を帯びており、思わず心臓が跳ねるのを感じた。
しかし自分の服は、いつもと同じ黒いスーツ。めかしこんでいる彼女には不釣り合いだ。
差し出された手を取ることができず、じっと見つめるだけの私に、彼女は焦れたのか腕を引っ張ってくる。
「大丈夫! ムジカは君を置いていきはしないさ!」
いつかどこかで聞いたような言葉を口にしながら、半ば無理やりダンスの体勢へと引き込まれた。柔らかな黒鹿毛が頬をくすぐり、固まった表情筋を優しく解してくる。
密着した身体に彼女の熱が広がる。腕や服越しに感じる体温はとても心地よい。
いちにさん、いちにさん。
社交ダンスなど、学生時代に劇の演目で練習したきりだが、必死で頭の中でリズムを刻みながら足を動かす。しかし視線が段々と下に行ってしまい、耳に神経が集中してしまう。そのせいでダンス用の歌を口ずさむ彼女の息遣いが、とても艶めかしいものに聞こえてしまった。
早くなる鼓動も、おそらく彼女には筒抜けなのだろう。身体の動きはこの際彼女に任せ、集中する先を探すように視線を彷徨わせれば、目に入るのは時計。トレーニングの時間はとっくに過ぎていたが、どうせ調整に時間を取られていただろうと考えるのをやめた。
「……社交ダンスもできるのか」
「勿論、家族みんなで演奏しながら踊り明かしたこともあるよ」
家族、つまりは彼女の母が所属する楽団のことだろう。"家に帰れば即セッション"と言うほど音楽漬けの彼女のことだ、楽しげに大勢で踊る姿が想像できる。
そんな彼女が誰かと手を取って踊る姿を、見ることもできないのか。そう考えた瞬間、どうにも言葉に出来ない黒い感情が胸に渦巻いた。己の中に生まれてしまったその醜い感情に蓋をするように、震える唇で言葉を紡ぐ。
「……まあ、ドロワはぜひ楽しんできて」
思いの外、乾いた声が出た。それまで楽しそうにリズムを刻んでいた彼女の足が止まる。
突然動きを止めた彼女に驚いて、思わず顔をのぞき込んだ。しかし彼女は上を向いたまま何も言ってくれない。何か気に障ることでも言ってしまっただろうか。不安になる私をよそに彼女は私の手を強く握ったまま、再びステップを踏み始める。今度は先程よりも少し早いテンポだ。
慣れない足運びに戸惑いながらも必死についていくも、体力の方もいい加減底をついてきた。目に見えて息も上がってきているのに、彼女は気にする様子もなく踊り続ける。
一体何が彼女を駆り立てているのか。恐る恐る彼女の表情を窺ってみても、特に気分を害した様子は見られない。
クルクルと混ぜられる脳みそが邪念を溶かし始めたところで、ふと気がつく。
ただただ何かを吹っ切るように——私が、何かを吹っ切ることができるように動いているのだ。
相変わらず聡い子だ。年上らしく振る舞えるようにと努めてきたが、結局は年下の彼女に気を遣わせてばかり。彼女の腕の中で緩く被りを振って、ゆっくりと息を吸い込む。
そして下を向きながら口を開いた。
「アース!」
突然の私の大声に、彼女の肩が大きく跳ねる。突然打ち消されたダンスにお互いたたらを踏み、半歩距離をとって向き直る。真っ直ぐ見据えた彼女の空色は、少しだけ揺れているように見えた。
私は黙りこくる彼女の手を両手で握り返し、自分の胸の前まで引き寄せた。
「そのドレスは、自前?」
「……ああ」
「じゃあドロワ終わったら、私とも踊ってほしい。私は自分でタキシードを誂えるから」
先ほど彼女がしてくれたように、恭しく頭を下げて見せる。手は握ったままのため差し出すことはできなかったが、その分力をこめて繋ぎ止めた。
"愛"なんて仰々しい言葉を多用するため萎縮してしまう者も多いが、自分は彼女の素直さに助けられている。子どもを叱るのも、指導するのもあまり得意ではない。それでもトレーナーを続けていられるのは、ひとえにサウンズオブアースというウマ娘が居るからだった。
「正直、私が見てない所で知らない子とアースが踊るのすごく嫌だけど、私と踊ってくれたら機嫌が回復すると思う!」
自分は、彼女のように相手の心の機微を掴むことは不得手である。だからこそ赤裸々と言われるほどに言葉を尽くす。
「……ああ、アモーレ!」
他にも言いたいことが沢山あったのだが、身体に突如襲いかかった圧迫感でそれは中断された。
勢いよく抱きついてきた彼女の頬には赤みがさし、恍惚とした表情を浮かべていた。驚きよろけそうになる身体を、すんでのところで背中に回った腕によって支えられる。
「君が望むのなら、ドロワのペアダンスを断ってきてもいいんだよ?」
「他の人と踊るのが嫌なんじゃなくて、私の目の届かない所で面白そうなことをするのが嫌なだけだから断らなくていいよ」
彼女がどのようなウマ娘と踊ろうが、正直なところどうでもいい。ただ自分の目の届く範囲で行動をしてほしいと、過保護な親のような独占欲がそこにあるだけ。
自分より背も高く、力の強い歳下。精神も自分よりずっと成熟しているものの、急に抱きつくなど行動に若干の幼さが見えるバランスの彼女。
そんな少女のドレスに皺をつけないよう、ゆっくりと彼女の首に腕を回す。少し力を入れて引き寄せると、いとも容易く彼女はこうべを垂れてきた。
「約束をしようか」
剥き出しになった耳元にそう囁き、首に回していた手を離して彼女の手に重ねた。背後にあったソファの肘掛けにお尻を据えて、離れていく体温を捕まえるように、彼女の手を隠していたレースの手袋を外していく。
「ドロワが終わったら、真っ直ぐ私の部屋まで来て」
小指を緩く絡ませながら、優しく唇を落とす。
約束の紅い印は、ドロワのために塗られたネイルの上から彼女の爪を染めた。
いつも通りトレーナー室に入ると、そこには見目麗しいドレスに身を包んだ担当ウマ娘がいた。
「やあディレットリチェ! どうだい、このドレスは!」
そう高らかに叫んだウマ娘——サウンズオブアースの姿はいつもとは全く違うものだった。
普段は緩く一つにまとめられている黒鹿毛は、編み込みのハーフアップに。ト音記号柄の耳カバーや羽飾りは外され、代わりに青色の石が嵌め込まれた耳飾りを付けている。
彼女の瞳と同じ色のドレスは、私服や勝負服で頑なに守られていたはずのデコルテを晒し、肩を透けたレースで覆っていた。胸から腰にかけての布はピッタリと身体のラインが出るように張り付き、腰下からは柔らかな曲線を描きながら彼女の足首までを隠している。
「綺麗だね……どうしたの、それ」
「実はドロワの参加依頼を受けてね、こうして衣装合わせをしていたというわけさ!」
彼女がクルリと踊るように回転すれば、手首から垂れた布とスカートの裾がふわりと宙に舞う。その姿はさながら雪の精霊のようで、思わず感嘆の息が漏れた。
チラリと目線をやった窓の外では桜が咲いており、麗らかな日差しで溶けてしまうのではないかと錯覚するほど美しい。
ドロワ——正式名称をリーニュ・ドロワット。毎年開催されるその行事は、ウマ娘同士が新年度を祝してプロムのようなことをする場である。
通常、卒業直前に行われるプロムと違い、学年の隔たりは特に無い。そして運営は原則生徒が主体で行うこととなっており、つまりトレーナーが入る隙はどこにも無かった。そのため詳しい内情などは、ウマ娘本人たちの口から伝え聞く程度しかわからない。
ただ参加をするからには、トレーニングとダンスの練習の兼ね合いがある。そのためトレーナーである自分に伝えてくれたのだろう。
戸棚から取り出した今月のトレーニングメニューを眺めつつ、彼女に問いかける。
「ペアダンスの相手に誘われた……ってこと?」
「スィ! 可愛らしいアニェッリノに声をかけられてね、快く引き受けさせてもらったよ!」
よく見ればシューズまでドレスに寄せた一足だ。これらを準備するには数日では足りない。かなり前から声をかけられていたのだろう。
一人で女性役を完璧に踊り切る彼女を見て、少しばかり疑問が頭に浮かぶ。常日頃から様々なウマ娘を口説きにかかっている彼女のことだ。受けるのであればきっと男性役だと思ったのだが、格好から見るとどうやらそうではないらしい。
「アースがドレスなんだね」
「そうだね、普段はズボンを履くことが多いから新鮮な気持ちさ」
「誰に誘われたの?」
そう尋ねると、彼女は素直にウマ娘の名前を口にした。しかし残念なことに、自分の知っている子ではないようだ。もしかするとアースと同じ、女子校の王子様タイプなのかもしれないと結論づける。それはそれで見てみたい。
チリチリと心臓の縁がささくれ立つのを無視して、トレーニングメニューが書かれた紙をバインダーに挟む。
「衣装合わせが終わったなら着替えておいで」
そう声をかけると、何故か彼女は花が開いたような笑顔を浮かべながら勢い良くこちらを向いた。そしてまるで舞台女優のように両手を大きく広げてポーズを決め、流れるように薄いレースに覆われた手を差し出してきた。
その仕草があまりにも様になっていて、思わず息を呑む。彼女はそのまま私の手を取ると、恭しく頭を下げた。そして上目遣いでこちらを見ながら口を開く。
「私と一緒に踊ってくれませんか?」
そう言いながらこちらを覗く水色の瞳はじんわりとした熱を帯びており、思わず心臓が跳ねるのを感じた。
しかし自分の服は、いつもと同じ黒いスーツ。めかしこんでいる彼女には不釣り合いだ。
差し出された手を取ることができず、じっと見つめるだけの私に、彼女は焦れたのか腕を引っ張ってくる。
「大丈夫! ムジカは君を置いていきはしないさ!」
いつかどこかで聞いたような言葉を口にしながら、半ば無理やりダンスの体勢へと引き込まれた。柔らかな黒鹿毛が頬をくすぐり、固まった表情筋を優しく解してくる。
密着した身体に彼女の熱が広がる。腕や服越しに感じる体温はとても心地よい。
いちにさん、いちにさん。
社交ダンスなど、学生時代に劇の演目で練習したきりだが、必死で頭の中でリズムを刻みながら足を動かす。しかし視線が段々と下に行ってしまい、耳に神経が集中してしまう。そのせいでダンス用の歌を口ずさむ彼女の息遣いが、とても艶めかしいものに聞こえてしまった。
早くなる鼓動も、おそらく彼女には筒抜けなのだろう。身体の動きはこの際彼女に任せ、集中する先を探すように視線を彷徨わせれば、目に入るのは時計。トレーニングの時間はとっくに過ぎていたが、どうせ調整に時間を取られていただろうと考えるのをやめた。
「……社交ダンスもできるのか」
「勿論、家族みんなで演奏しながら踊り明かしたこともあるよ」
家族、つまりは彼女の母が所属する楽団のことだろう。"家に帰れば即セッション"と言うほど音楽漬けの彼女のことだ、楽しげに大勢で踊る姿が想像できる。
そんな彼女が誰かと手を取って踊る姿を、見ることもできないのか。そう考えた瞬間、どうにも言葉に出来ない黒い感情が胸に渦巻いた。己の中に生まれてしまったその醜い感情に蓋をするように、震える唇で言葉を紡ぐ。
「……まあ、ドロワはぜひ楽しんできて」
思いの外、乾いた声が出た。それまで楽しそうにリズムを刻んでいた彼女の足が止まる。
突然動きを止めた彼女に驚いて、思わず顔をのぞき込んだ。しかし彼女は上を向いたまま何も言ってくれない。何か気に障ることでも言ってしまっただろうか。不安になる私をよそに彼女は私の手を強く握ったまま、再びステップを踏み始める。今度は先程よりも少し早いテンポだ。
慣れない足運びに戸惑いながらも必死についていくも、体力の方もいい加減底をついてきた。目に見えて息も上がってきているのに、彼女は気にする様子もなく踊り続ける。
一体何が彼女を駆り立てているのか。恐る恐る彼女の表情を窺ってみても、特に気分を害した様子は見られない。
クルクルと混ぜられる脳みそが邪念を溶かし始めたところで、ふと気がつく。
ただただ何かを吹っ切るように——私が、何かを吹っ切ることができるように動いているのだ。
相変わらず聡い子だ。年上らしく振る舞えるようにと努めてきたが、結局は年下の彼女に気を遣わせてばかり。彼女の腕の中で緩く被りを振って、ゆっくりと息を吸い込む。
そして下を向きながら口を開いた。
「アース!」
突然の私の大声に、彼女の肩が大きく跳ねる。突然打ち消されたダンスにお互いたたらを踏み、半歩距離をとって向き直る。真っ直ぐ見据えた彼女の空色は、少しだけ揺れているように見えた。
私は黙りこくる彼女の手を両手で握り返し、自分の胸の前まで引き寄せた。
「そのドレスは、自前?」
「……ああ」
「じゃあドロワ終わったら、私とも踊ってほしい。私は自分でタキシードを誂えるから」
先ほど彼女がしてくれたように、恭しく頭を下げて見せる。手は握ったままのため差し出すことはできなかったが、その分力をこめて繋ぎ止めた。
"愛"なんて仰々しい言葉を多用するため萎縮してしまう者も多いが、自分は彼女の素直さに助けられている。子どもを叱るのも、指導するのもあまり得意ではない。それでもトレーナーを続けていられるのは、ひとえにサウンズオブアースというウマ娘が居るからだった。
「正直、私が見てない所で知らない子とアースが踊るのすごく嫌だけど、私と踊ってくれたら機嫌が回復すると思う!」
自分は、彼女のように相手の心の機微を掴むことは不得手である。だからこそ赤裸々と言われるほどに言葉を尽くす。
「……ああ、アモーレ!」
他にも言いたいことが沢山あったのだが、身体に突如襲いかかった圧迫感でそれは中断された。
勢いよく抱きついてきた彼女の頬には赤みがさし、恍惚とした表情を浮かべていた。驚きよろけそうになる身体を、すんでのところで背中に回った腕によって支えられる。
「君が望むのなら、ドロワのペアダンスを断ってきてもいいんだよ?」
「他の人と踊るのが嫌なんじゃなくて、私の目の届かない所で面白そうなことをするのが嫌なだけだから断らなくていいよ」
彼女がどのようなウマ娘と踊ろうが、正直なところどうでもいい。ただ自分の目の届く範囲で行動をしてほしいと、過保護な親のような独占欲がそこにあるだけ。
自分より背も高く、力の強い歳下。精神も自分よりずっと成熟しているものの、急に抱きつくなど行動に若干の幼さが見えるバランスの彼女。
そんな少女のドレスに皺をつけないよう、ゆっくりと彼女の首に腕を回す。少し力を入れて引き寄せると、いとも容易く彼女はこうべを垂れてきた。
「約束をしようか」
剥き出しになった耳元にそう囁き、首に回していた手を離して彼女の手に重ねた。背後にあったソファの肘掛けにお尻を据えて、離れていく体温を捕まえるように、彼女の手を隠していたレースの手袋を外していく。
「ドロワが終わったら、真っ直ぐ私の部屋まで来て」
小指を緩く絡ませながら、優しく唇を落とす。
約束の紅い印は、ドロワのために塗られたネイルの上から彼女の爪を染めた。
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