1.Trigger on.
貴方のお名前は?
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あの悪夢のような日々から数ヶ月、私の体調はすっかり良くなった。今まで風邪をひくことなく通い続けたおかげで、学校の出席日数も問題なく、日常生活における個人的な問題は無い。
しかし目下の問題はあの悪夢だ。ボーダーと呼ばれる部隊によって、あれからも訪れる甲殻類——ネイバーを撃退するための基地が作られるそうだ。それにより町は侵攻を受ける数は減らせるものの、人手が足りないのだという。
家に届いた手紙には『防衛隊員として働かないか』という誘い文句がつらつらと並べてあって、その対象年齢が若ければ若いほど待遇が良いのだという。理由はわからない。
私は親の「どうする?」という問いに、あの時置いてきた子どもの顔が浮かんだ。
元々あの子の家族とは特に親交はなく、私はこれ幸いとばかりに彼を見捨てた責任から逃げた。あの時は何もできなくてしょうがなかったと自分に言い聞かせ続け、罪悪感で潰されない私は相当図太く嫌な女だろう。けれど今この紙は『過去に何もできなかった自分でも何かができる』。有り体に言ってしまえば、一種の罪滅ぼしをさせてくれる天啓のようだった。
勿論親にそんなことを馬鹿正直に言えるはずもなく「とりあえずやってみる」とだけ答えてみる。両親は少しだけ嫌そうな顔をしたが、それ以上の反対は特になかった。この時ばかりは放任主義で助かったが「おばあちゃんに言っときなよ」と言われると、少しばかり気持ちが揺らぐ。育ての親のような祖母を心配させたくはなかった。
しかしその横にいた二つ年下の弟まで「やる」と言い出した時には、きっと私も親と同じ顔をしていただろう。弟には私が退院した時点で全て説明してあった——もとい、抱えきれずに泣き腫らした顔で懺悔の言葉を吐き散らしたので、それを気遣ってのことだろう。
弟は私なんかよりずっと運動神経が良いため、きっと防衛隊員としても良いところまでいくだろう。
**
こうしてやってきたボーダー基地内部は、漫画で見るような近未来的な内装をしていた。蛍光灯に反射された床は眩しく、転んだ時は痛そうだ、なんてその場にそぐわない感想も抱く。
「姉ちゃん、ぼけっとしてたら置いてくよ」
キョロキョロと辺りを見回す私にしびれを切らしたのか、弟が先行して集合場所に行ってしまう。慌てて追いかけようと声のした方に足を向けた瞬間、横にいた人間に気づかず胸に飛び込む形になってしまった。
「うっ……す、すみません」
「ん? いやあ大丈夫ですよ」
声変わり途中の掠れた音に上を向く。カラー半透明のゴーグルをつけた男の子は、特にこちらを批判するでもなく、私を見てピクリと眉を動かすと、人好きのする笑みを浮かべた。この人は確か、立入禁止区域で会った少年だろうか。目の前の彼にお礼を言おうと口を開くと、彼は「いいよいいよ」とだけ言って去ってしまった。取りつく島もない。
その後集合場所にはなんとか辿り着き、大人しく人混み中に佇む。ボーダーの入隊者人数は、オペレーターや技術者志望なども合わせて学校のクラス二つ分といった感じだった。これが多いのか少ないのかは微妙なところではあるが、徴兵としては少ない方と言えるだろう。
防衛隊員志望の人間たちが渡されたのは、トリガーと呼ばれる手のひらサイズの武器。ステージの上には、忍田と名乗った男性。彼は簡単な自己紹介と歓迎の台詞を言うと、早速この組織では何をするのかの説明に入った。
「各々ボーダーに入った経緯は違うだろうが、ここに来たからには仲間であることを第一に、節度を持った行動を期待する」
最後にそう締めくくり、彼は壇上から降りた。続いて出てきたのは技術者のトップの人で、次は広報担当、そんな偉い大人たちの話をぼんやりと聞かされ、目蓋が落ちてくる。
「各自渡されたトリガーを起動してくれ」
マイク越しでもわかる芯の通った声が、閉じそうになっていた目蓋をこじ開ける。気がついた時には周りから人がだいぶ減っていて、彼らは次々に「トリガーオン」と呟いていた。
「……トリガー、オン」
慌てて私も“起動”が何なのかはわからないまま、手の中の武器を握り込む。すると一瞬にして身体が軽くなり、街で見たボーダー隊員と同じく動きやすそうな服装に変わっている。そして手には、重量のある鍔無しのある刀が収まっていた。
「刀の名前は孤月、対ネイバー用の近接武器だ。これからその武器に慣れるため、仮装訓練室に移動する」
どやどやと人が集まり、並んで別室へと連れて行かれる。周りには男の子ばかりで、私のような女子は中々見つけられない。少しだけため息を吐いて、首を回す。
「お、女子いるじゃん」
視線が絡んだのは、くせ毛を無造作に切った男性。背丈はそこそこで、見たところ同じくらいの年齢かそれ以上に見える。隣には私と同じくらいの背丈の男の子。年下だろうか、随分と幼く見える。
あまり男の子と関わりたくはない。特に年下相手に醜態を晒すなんてことは、もうあってはならない。幸いにして話しかけてくるようなことはなかったので、そのまま視線を無視しつつ人の流れに乗る。
そしてやっとひらけた場所に出て、くるりと忍田さんが振り返った。
「君たちはこれを持って、この仮想訓練用に改造したネイバーと戦ってもらう」
「……は?」
あまりに突然の宣告に、周囲のざわめきが増す。メカニカルな室内には、あの忌々しい甲殻類が地面を這っていた。
しかし目下の問題はあの悪夢だ。ボーダーと呼ばれる部隊によって、あれからも訪れる甲殻類——ネイバーを撃退するための基地が作られるそうだ。それにより町は侵攻を受ける数は減らせるものの、人手が足りないのだという。
家に届いた手紙には『防衛隊員として働かないか』という誘い文句がつらつらと並べてあって、その対象年齢が若ければ若いほど待遇が良いのだという。理由はわからない。
私は親の「どうする?」という問いに、あの時置いてきた子どもの顔が浮かんだ。
元々あの子の家族とは特に親交はなく、私はこれ幸いとばかりに彼を見捨てた責任から逃げた。あの時は何もできなくてしょうがなかったと自分に言い聞かせ続け、罪悪感で潰されない私は相当図太く嫌な女だろう。けれど今この紙は『過去に何もできなかった自分でも何かができる』。有り体に言ってしまえば、一種の罪滅ぼしをさせてくれる天啓のようだった。
勿論親にそんなことを馬鹿正直に言えるはずもなく「とりあえずやってみる」とだけ答えてみる。両親は少しだけ嫌そうな顔をしたが、それ以上の反対は特になかった。この時ばかりは放任主義で助かったが「おばあちゃんに言っときなよ」と言われると、少しばかり気持ちが揺らぐ。育ての親のような祖母を心配させたくはなかった。
しかしその横にいた二つ年下の弟まで「やる」と言い出した時には、きっと私も親と同じ顔をしていただろう。弟には私が退院した時点で全て説明してあった——もとい、抱えきれずに泣き腫らした顔で懺悔の言葉を吐き散らしたので、それを気遣ってのことだろう。
弟は私なんかよりずっと運動神経が良いため、きっと防衛隊員としても良いところまでいくだろう。
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こうしてやってきたボーダー基地内部は、漫画で見るような近未来的な内装をしていた。蛍光灯に反射された床は眩しく、転んだ時は痛そうだ、なんてその場にそぐわない感想も抱く。
「姉ちゃん、ぼけっとしてたら置いてくよ」
キョロキョロと辺りを見回す私にしびれを切らしたのか、弟が先行して集合場所に行ってしまう。慌てて追いかけようと声のした方に足を向けた瞬間、横にいた人間に気づかず胸に飛び込む形になってしまった。
「うっ……す、すみません」
「ん? いやあ大丈夫ですよ」
声変わり途中の掠れた音に上を向く。カラー半透明のゴーグルをつけた男の子は、特にこちらを批判するでもなく、私を見てピクリと眉を動かすと、人好きのする笑みを浮かべた。この人は確か、立入禁止区域で会った少年だろうか。目の前の彼にお礼を言おうと口を開くと、彼は「いいよいいよ」とだけ言って去ってしまった。取りつく島もない。
その後集合場所にはなんとか辿り着き、大人しく人混み中に佇む。ボーダーの入隊者人数は、オペレーターや技術者志望なども合わせて学校のクラス二つ分といった感じだった。これが多いのか少ないのかは微妙なところではあるが、徴兵としては少ない方と言えるだろう。
防衛隊員志望の人間たちが渡されたのは、トリガーと呼ばれる手のひらサイズの武器。ステージの上には、忍田と名乗った男性。彼は簡単な自己紹介と歓迎の台詞を言うと、早速この組織では何をするのかの説明に入った。
「各々ボーダーに入った経緯は違うだろうが、ここに来たからには仲間であることを第一に、節度を持った行動を期待する」
最後にそう締めくくり、彼は壇上から降りた。続いて出てきたのは技術者のトップの人で、次は広報担当、そんな偉い大人たちの話をぼんやりと聞かされ、目蓋が落ちてくる。
「各自渡されたトリガーを起動してくれ」
マイク越しでもわかる芯の通った声が、閉じそうになっていた目蓋をこじ開ける。気がついた時には周りから人がだいぶ減っていて、彼らは次々に「トリガーオン」と呟いていた。
「……トリガー、オン」
慌てて私も“起動”が何なのかはわからないまま、手の中の武器を握り込む。すると一瞬にして身体が軽くなり、街で見たボーダー隊員と同じく動きやすそうな服装に変わっている。そして手には、重量のある鍔無しのある刀が収まっていた。
「刀の名前は孤月、対ネイバー用の近接武器だ。これからその武器に慣れるため、仮装訓練室に移動する」
どやどやと人が集まり、並んで別室へと連れて行かれる。周りには男の子ばかりで、私のような女子は中々見つけられない。少しだけため息を吐いて、首を回す。
「お、女子いるじゃん」
視線が絡んだのは、くせ毛を無造作に切った男性。背丈はそこそこで、見たところ同じくらいの年齢かそれ以上に見える。隣には私と同じくらいの背丈の男の子。年下だろうか、随分と幼く見える。
あまり男の子と関わりたくはない。特に年下相手に醜態を晒すなんてことは、もうあってはならない。幸いにして話しかけてくるようなことはなかったので、そのまま視線を無視しつつ人の流れに乗る。
そしてやっとひらけた場所に出て、くるりと忍田さんが振り返った。
「君たちはこれを持って、この仮想訓練用に改造したネイバーと戦ってもらう」
「……は?」
あまりに突然の宣告に、周囲のざわめきが増す。メカニカルな室内には、あの忌々しい甲殻類が地面を這っていた。